君は王子で俺は姫

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「は?俺?」 小気味良い音をたて、黒板に書かれていく自身の名前に呆然とする。 「はい、白雪姫役は武田君に決定です。」 (ちょっと待ってくれ!) 喉から出かかった叫びをグッと堪える。ここで大声を出すのは俺のキャラじゃない。 そもそも、学校に来て大きな声なんて出したこともない。教室の片隅で地味な連中と、好きな漫画についてボソボソと語る日々だ。それなのに、何故。 疑問しかない中、拍手が巻き起こり、ついでにチャイムもなった。もう、弁解の余地は無い。椅子に腰掛け、天井を仰ぐ。 「武田君、よろしく。」 放心状態の俺の視界に現れたのは、牧野結依だった。男子並みに短く切り揃えられた髪。白い肌。ハスキーな声。170センチを超えるスラッとした体型はモデルと言われても納得してしまう。正に「美少年」だ。 そう、牧野はとてもかっこいい。 ボーイッシュで美麗な風貌から「北高のプリンス」と称され、彼女のファンクラブには全校生徒の半分(ほぼ女子)が加入しているという生ける伝説なのだ。 そもそも、うちのクラスが文化祭の出し物を『男女逆転白雪姫』などというアホな企画にしたのは、ひとえに彼女の王子姿を見たいという女子の欲求のためである。 そこまではいい。納得だ。俺も見たい。しかし、問題はそこではない。 「なんで…俺が姫なの?」 思わず、尋ねる。すると彼女は、笑いながら肩をすくめた。芝居がかった仕草が様になる。 「クラスの票だからわからないけど…身長とか、体格じゃない?」 もっともな意見だ。俺は背が低いし、所謂もやしっこだ。しかし、それなら他に適任がいるはずだ。同じ背格好の目立ちたがりで演技が好きな奴とか。例えば、演劇部の山下。あいつは、きっとこの座を狙っていたはずだ。事実、目茶苦茶こちらを睨んでいる。俺のせいじゃない。代わってほしいくらいだ。 「ま、兎に角、頑張ろうよ姫。」 俺の気不味さなど、意に介することなく、彼女はウィンクした。女子の悲鳴が教室に響き渡る。 (もう、どうにでもなれ…。) こうして、俺の憂鬱な文化祭は始まった。
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