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そのうち戻ってくると高を括っていた僕たちは、定期的に妻の携帯電話に連絡を入れながらスーパーの惣菜で夕飯を済ませていた。だが、二日三日も継続すれば、いい加減に不満も表れ食卓に沈黙が舞い込んでくる。
「お兄ちゃんが朝、いつも面倒くさそうにしてたからだよ!」
「千夏だって毎日半分寝ながら歌ってたじゃないか。俺のせいかよ」
「やめなさい、二人とも」
食卓を挟んで睨み合う子供たちを制して、僕は箸をお椀の上に置いた。妻の携帯電話には未だ誰もつなげることができなかった。
「お父さんも共犯なんだから、お母さんが出てった理由を考えてよ」
共犯。
この困窮に至る原因はどこから始まったのか。目を瞑って僕は回想する。
最近の妻、思春期の子供たち。
十年前の妻、幼少期の子供たち。
千夏が生まれる直前の妻。秋人をあやして、病院に向かった夜。
「あのさあのさ、どんなパパになりたい?」
お腹の中にいる千夏をさすりながら、出産を控えた妻は無邪気に聞いてきた。その答えを知っているのに、答えを聞くのが彼女にとって一番の楽しみらしかった。
「家族全員がお互いを思いやれてさ、笑顔を大切にする一族を作りたい」
「うんうん」
「毎朝がアカペラで始まるとか、面白いよね」
「うん!」
力強く後押ししてくれる、妻の自信に溢れた笑顔が、今も変わらず愛おしい。
回想の情景に一本の線が僕の脳裏を横切った。
「秋人、千夏。君たちは誰にアカペラを教えてもらった?」
「やっぱ、かあさんかな」秋人がこめかみを指でこする。
「そうだよね」千夏も首を振る。
発端者である男の夢を叶えるため、妻は子供二人に幼い頃からアカペラをちょっとずつ覚えさせて、みんなで歌えるようにしたのだ。隣のおばさんの苦情を一人で受け止め、家族にはいつも笑顔でいてくれた。
隣のおばさんが「聴こえないのはないので、寂しいもんだわ」とわが家を心配し始めた頃、僕たちは話し合った結果、毎朝駅前に行って歌うことにした。田舎駅と言えど往来する人は多い。でも、迷いは微塵もない。
僕たちは歌う。ボイパがなくてキレがないアカペラでも歌い続ける。呼吸以上にお互いを意識して歌うことは嬉しくなるということを、僕たちは知っていく。
何日も経って巷で少し有名になった僕たちは、雨上がりの今日も駅前で歌っている。ラグ・フェアーのサマースマイルのサビを歌う。かつてのモーニングコールだった歌を一人がみんなのために歌う。
七時着の電車が駅を出発する。改札口からすすり声を交えながら、小気味の良いボイパが聴こえてくる。
青空には一本の虹が霞み、たしかに地球はつながっているんだと教えてくれる。
四人の調律がスタートラインを切った。それは、はじまりの記念日だった。
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