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売り込んだところで彼の表情は変わらない。行きかう人たちが何事かと見ていく視線よりも、変わらない彼の目が痛い。
「一人でホールケーキ食べるのしんどいから、付き合ってくれると嬉しいんですよ」
後半を尻すぼみに言うと、鼻で笑われたのに気付く。バカな女だと思われた。頬にぽつりと雨が落ちる。空が私の代わりに泣いてくれるってやつだ。立ち去ろうと踵を返す背中に、まあと声がかかる。
「お友達から始めましょうってやつだな」
意外な言葉に振り向くと、彼は本当に弁護士かと疑いたくなるような人の悪い笑みを浮かべている。
「俺はスイーツにはうるさいが、満足させてくれるんだろうな」
「もちろん」
胸を張って頷き返す。好きなことでは負けたくない。
スイーツ好きに悪い人はいない。廃棄処分になりそうなケーキを救ってくれる人はなおさらだ。
彼はビニール傘を広げて近づいてくると、亜沙美との間に傘をさす。いわゆる相合傘状態だ。
――最初から距離感近いんですけど。
ドキドキする亜沙美をよそに、彼は口を開く。
「シンプルなシフォンケーキが食べたい」
「あ、はい」
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