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「作中の“黒木真帆“は、本当に純粋だった。自分の価値観に盲目で、彼女の成すことには全て、明確なボーダーラインが引かれていた」
それは常人の目には見えない、彼女の中だけのローカルルールだったけれど。
作中の「黒木真帆」の考えや言動は、予測がつかないようでいてかなり正確に芯が通っている。
つまり、彼女なりの正義がそこにあるのだ。誰にもなびかない、彼女だけの大切なルールが。
高城は、あの日会った「くろきまほ」の成長した姿、「黒木真帆」の無邪気な美しさを作るために、本人に二次創作を演じさせると言う手段に出た。それはどうしたって許されることじゃない。
だけれども、当の本人は無邪気に笑っているのだ。
「わたし、こんな人になりたかった。
これは、あの時の私が願った私の姿だ」
夢見る少女のように名舟はうっとりと笑った。
「これは決して売れなくてもいい。だが、世に出すとなれば話は別だ。
今回のお前を大衆向けに活かすためには、お前が悪でないといけなかった。そして、俺はそれすらも裁く必要があった」
対照的に、苦々しい顔で高城は告げた。先ほどまで願った作品を作り上げることができて満足げだった「作る者」の顔ではなく、「監督」としての、責任を負うものとしての判断のように見えた。
「言い訳がましいかも知れねえが、あの時のお前を、俺は悪だとは思わねえ。だが、お前を軸にして話を進めちゃ、技量がないとそこら中からバッシングを食らうだろう。
その被害が及ぶのが俺だけならいいが、お前含め役者を勝手に巻き込むのはダメだ。これが俺のなけなしの矜持だった」
礼拝室で懺悔でもするように、一息に語り終えた高城を、名舟は笑って受け入れた。
「いいですよ、私はきっと悪なんだから」
それより、役を演じるって大義名分から自分を思い出せたのが嬉しくて、と名舟は言う。
物の善悪だとかそういう基準がズレている、というのを自分できちんと理解している名舟は、普段から「まともな自分」を演じている。
世間の目を気にして心を病むより、自分すら騙して演じ続ける方がいいと考えたのだ。
それを心から解放できたのが、演じ続けた舞台の上でなんて、どんな皮肉だろうか!
「そうか、それはよかった。お前が少しでも肯定されたのなら何よりだが、これはお前の正義の蹂躙に他ならない。
お前の正しいと思っていたものを、俺は、書きたいってだけの理由で、お前を選んでしまった。だから、もうこれで_____」
「これで終わりにしたいんならご愁傷様でしたけど、せっかくだから教えてあげます。
あなたが私を選んだように、私もあなたを選んだんですよ」
彼女は妖艶に笑った。
言葉に色をつける術があるとするなら、彼女の言葉は地獄の空から垂れる救いの糸のように、きんいろに光っていたことだろう。
「あなたなら”わたし“を、真っ直ぐ撮ってくれると思ったんです。あの日私を見たあなたなら、きっとわたしを、本物を映してくれる」
だから、私はこの世界に来たんです。
役ではない自分自身を演じる。そのためなら、何十何百の他人を演じることだって吝かでない。彼女はそう言うのだ。
男は自らの感性をかなぐり捨てて、女は自分を演じるためだけの演技を積み重ねて、やっと二人の利害は一致した。狂ったお見合いは相思相愛でハッピーエンドだ。
「は、ははは。なあ、狂ってるんだよな。俺達」
「ええそうですよ。だから惹かれあったんじゃないですか」
わたしは「なりたい私」になるために貴方を選んだんですよ。と名舟はけらけら笑った。
大勢いる人間の中で、お互いがお互いを選んだ、似たもの同士のはないちもんめだ。そうすることでしか生きられない人間同士の。
「ねえ監督、あれは確かに私でしたよ。紛れもないくらいに。私はあなたを、あなたは私を選んでくれたんです」
次はどの私を選んでくれるんですか?
そう言って白雲名舟は、楽しそうに声を弾ませた。
(とっておきの正統派を語ろうぜ)
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