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『…この一連の事件の犯人はあなただ、真帆さん』
神妙な顔をした男が、少女に向かってそう言った。
『ええ、そうね』
少女はあっさりとそれを受け入れると、ここにいない誰かに向けるように問いかける。
『そう。私は殺したわ。でも、あなたはどうしてそれをダメなことだと思った?』
カツカツと、武器を持たぬまま少女は主人公に近寄る。ぴたりとある一定の距離で止まると、それ以上お互いに動こうとはしなかった。
『道徳の授業?憲法?モラル?どれに従った?』
少しの間、静かな時間がそこにあった。考えろと言わんばかりの間のようにも思えた。
『___ねえ、あなたって何を見ているの?』
一瞬だけ寄りで映された少女の目は、何も見えていないかのように暗かった。
「これでクランクアップです。皆さん、長期に渡る撮影お疲れ様でした!」
現場の撮影スタッフの声と拍手がスタジオに響く。
ここはとある映画の撮影現場だ。エンディングの締め部分を今主演俳優が語り、エンドロールの後に出るおまけ映像だって撮り終えた後の。
殺人事件を題材にした映画のため、未だ凶器を体に食い込ませたままの役者がニコニコ笑っている姿はあまりにもシュールだ。その隣でメイクアップアーティストがせっせと化粧を落としていたりするのも。
「___お疲れ様でした!」
まあそんな光景ははよくあること。無事に作品を演じきった役者達は、何倍もの声でそれに答えた。
それを合図に、役者達はそれぞれ与えられた役を脱ぎ、浅い微睡から覚めるように元の“自分”へと戻っていく。
かなり長期間に渡って撮影され続けていた作品だったため、気が抜けてしまったのかその場に座り込む者もいた。
「お、おつかれさまでした…」
「あー、新人ちゃん座り込んじゃった」
「椅子持ってきたげるから、そこ座りなよ。ここ土足エリアだからさ」
「あああありがとうございます申し訳ないです」
演技の世界の見えない部分は、結構カオスだったりする。
正義の味方だってカップラーメンを作るし、悪のカリスマだって部屋の掃除をする。そんな感じだ。自らの役を脱ぎ捨てる時にギャップは生まれる。
さっきまでは“警察官”として気難しい顔をしていた強面の俳優が朗らかに笑ったり、“気の強い女子高生”を演じていた気の弱そうな新人は気の弱そうな女の子に戻ったりと、現場の絵面は大混乱していた。
「大丈夫?」
そんな新人に手を差し伸べたのは、今回の映画のメインヒロインである“黒木真帆”役を演じる女優、「白雲名舟」だった。
弱冠17歳にしてすでに名女優として名を売っている名舟は、ジャンル立ち位置問わず出る作品を選ばないことから国内でも高く評価を受けている。
まあ簡単に言えば高嶺の花系有名人である。
そんな名舟に手を差し伸べられた新人女優は、一瞬にして頭が真っ白になった。男女問わず籠絡してしまう魅力を持つ彼女は、周りに頓着しないのでこういうことを素面でする。
「立花さん、新人とは思えない立ち回りだったわ。とても素敵だった。ねえ、私の演技はどうだった?」
「か、かっこよかったれひゅ…」
(えっあっうわああああ、腕細いめっちゃ良い匂いするそしてかわいい)
「震えてる、そんなに緊張したの?ふふふ、まあ仕方ないわよね」
「ひゃい!!??」
「こら名舟、新人たらしてんじゃない!!」
わあわあと、先ほどのやり取りが嘘だったかのように___実際は演技であるため嘘の範疇に含まれるのだろうが____その場にいる出演者達は、仲睦まじく喋り出した。
名舟はこの時間が好きだった。けど、今回ばかりはこの状況を素直に楽しめなかった。
「白雲!」
本名も兼ねているその名前を呼ばれ、振り返る。そこにいたのは名舟のマネージャーだった。
すでにほとんどの出演者は帰り支度を始めるか、もしくはすでに帰っている者もいたが、名舟は一切そういう素振りを見せなかった。
この映画の監督に、聞きたいことがあったから残っていたのだ。
「新木さん。どうしたの?撮り直し?」
「いや、監督が呼んでる」
インタビューしたいんだって、白雲に。
なんとまあ。願ったり叶ったりだ。
偶然か必然か、転がり込んできた機会を逃さないためにも、名舟は走った。年頃の少女のように、口の端に微笑みを浮かべながら。
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