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「小夜、聞いた? 昼休憩に勃発した中庭ミュージカルの件」
「中庭、ミュージ……カ、ル???」
七限目までガッツリ勉強を頑張った放課後。
チョコ付きプリッツエルを片手に親友・牧野未歩(まきの・みほ)が投げ掛けてくる言葉の破壊力に思わず声が裏返ってしまう。
とはいえ、何というか……。おおよそ、というか……ほぼほぼ検討が付いているのはここだけの話だ。
「そう、ガチのミュージカル! だったら、ややこしい話にはならないんだろうけどねえ」
「え、っと……。どういう意味?」
「王子相手に公開告白をした強者がいるらしいんだけど。王子は最後まで王子だったらしく、まるで相手にされていなかった様子が面白おかしく『中庭ミュージカル』って揶揄されているみたいなんだよねえ」
目撃したと積極的に語るつもりは一切ない。無駄な心配は掛けたくない。
だけど、嘘を吐くつもりも更々ない。
……となると、初耳の立場でも知っている立場でもおかしくない無難な相槌ばかりになってしまう。
「……そ、それは不憫というか。何というか……」
「まあ、不憫だとは思うけど、相手は北高の王子だよ。少しは考えて動けばいいのに……。明日からの学校生活を想像すると他人事ながら同情するわ」
「…………」
勝機を見極められず、たくさんの生徒が見ている中で暴走したことは彼女の落ち度。だからと言って、彼女に対して好奇の眼差しを向けることの正当性が証明されることはないだろう。
とは言いつつ、人の口に戸は立てられるはずもまたないわけで……。未歩同様、告白した彼女に待ち受けているであろう残酷な可能性を考えてしまうと心中穏やかでいられなかった。
「しかし、小夜の幼なじみ。お世辞抜きで本当にモテるね」
「まあ、ねえ。桜庭くんの幼なじみという理由で、何度吊るし上げにあったことか……」
桜庭くんは北高の王子と呼ばれるだけあって、幼い頃から端正な顔立ちと愛くるしさで女の子の心を鷲掴みにしている様子も。そして、桜庭くんの存在が一方的に広まる様子も……。
ただでさえ、視野の狭い子どもの世界は殊更狭い。
手順を踏んで仲良くなるならいざ知らず、一方的に好意を寄せる女の子たちの暴走する気持ちは桜庭くんに名前さえ覚えてもらえていない当たり前ことさえ怒りに変えた。そして、その怒りは無条件で名前を覚えてもらえる立場の幼なじみである私に向けられた。
正直、桜庭くんに名前を覚えてもらいやすい立場でムカつくと攻撃されることは結構堪えた。だけど、やり返すことは性に合わないし、泣き寝入りもかなりあった。
それでも耐え続けていたのは、名前を覚えてもらうことばかりに気を取られている彼女たちと違って、桜庭くんの本質に触れていたからに他ならないだろう。
王子様のような見た目とは裏腹に、実は茶目っ気たっぷりなイタズラも好きな年相応な少年っぽさもあること。隣町の支店長を務める父親のような無類の読書好きで博識なこと。都会でピアノ講師をしていた過去を持つ母親の教えでピアノを嗜む穏やかさも兼ね備えていること。何より、人の痛みが分かる優しさに私は惹かれていた。
桜庭くんは王子様じゃなくて、年相応の普通の男の子。
だけど、意地悪をする女の子たちより遥かに優しい男の子。
そんな桜庭くんが大切で、大事な存在にならない方がおかしいだろう。そして、その気持ちが恋心へと変化することも……。
「私は中一からしか知らないけど、それでも両手なんて余裕で足りないくらい小夜に助太刀した記憶があるよ」
「本当に未歩の尽力なくして、今の平和はないと思ってる。本当に感謝してるよ」
私自身、桜庭くんとの良好な関係や感情を育めたバックグラウンドに『幼なじみ』というアドバンテージに引け目を感じていた。勿論、それは違法な手段で手に入れたわけでも、強引に奪った立場でもない。だけど、引け目を感じずにいられなかった。そして、その引け目はいつしか彼女たちにとっての絶好の攻撃ポイントとして認識されるようになっていた。
最大の弱点を突かれてしまうと、防御でさえ手薄になってしまう。そんな中、未歩が庇ってくれたことで助かった数なんて数えきれない。
「それは別にいいんだけどね。私、そもそも幼なじみ推しだから」
「……ん? 幼なじみ押し?」
「違う、違う!! 幼なじみ『推し』!! 幼なじみのじっくり育む愛を見届けることが大好きなの!!」
「そ、そうだったの!?」
確かにあの頃、未歩は『好きな相手の幼なじみを虐めるとか、どんな悪役よ』と、言っていた。幼なじみだから虐められるという状況はおかしいと糾弾する未歩の発言に救われた。だけど、未歩としては……。
「そうだよ。だって初めて割り込んだ時も、幼なじみと絡むことが最大の不幸と思い込まないで欲しいという願いが原動力だし」
「え、っと……」
「だから、小夜が王子のことを好きだと教えてくれた時、本気で嬉しかったんだ! ああ、あんなに攻撃されても消えない恋心が芽生える本物の幼なじみロマンスが間近で展開されてる、って」
「……」
キラキラとした表情で語る未歩を前にして、呆気に取られた私は返す言葉なんて浮かばなかった。
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