* 北高の王子様 *

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* 北高の王子様 *

***  眉目秀麗、頭脳明晰、運動神経にスタイルも抜群。  更には性格良し、人当たり良し。加えて、実家の財力もある。  まるでアニメや漫画から飛び出したようなパーフェクトさ。  天は二物を与えず、なんて言葉なんて何処吹く風。  生まれながらに何物も与えられた私の幼なじみ・桜庭想。  そんな彼を女子たちが放っておくわけもないだろう。現に今も……。 「桜庭くん、好きです。付き合ってくれませんか?」  告白している彼女の名前は知らない。  だけど、白昼堂々告白できる彼女の勇気は素直に素晴らしいと思う。  だけど、使い所はもう少し考えて欲しい。  あらゆる面で完璧な顔を持つ桜庭くんが人気であることは言わずもがな。そして、女子たちの水面下、水面上問わず、壮絶な駆け引きが行われていることも周知の事実。だけど、告白を抜けがけと見做されることすらない事実に、もっと重きを置いて考えてみて欲しい。 「悪いけど」  アイドル顔負けの人気者・桜庭くんへの告白が見逃されている最大の理由。それは……。 「付き合えない。ごめん」 「……っ!」  どんな才女であろうと、グラマー美人であろうとバッサリ断る。その難攻不落と名高い恋愛感情に対する拒絶が大きかった。つまり、抜けがけしたところで『みんなの桜庭くんが、誰かの桜庭くんになるはずがない』という安心感ゆえのお目こぼしが根底にあったりするわけだ。  ……。  しかし、名も知らない彼女は知らなかったのだろうか。  かぐや姫も顔負けする桜庭くんの一刀両断の拒絶っぷりを……。それとも、知っているからこそ『公衆の面前』という断りにくいシチュエーションで告白したのだろうか。  …………。  とはいえ『公衆の面前』が断りにくいシチュエーションであるという事実を成立させるには、大なり小なり当事者間の距離感が埋まっていなければ話にならない。その点、『みんなの桜庭くん』として学園随一の高みに君臨する桜庭くん相手では、邪険にされたとしても皆が納得の着地点として認識されてお終いだろう。  つまり、何一つ『公衆の面前』での告白の旨味は発生しない。確かに万が一にでもOKを貰えたなら、同時に全女子生徒たちへ牽制することはできる。だけど、現実は恥ずかしい醜聞の主人公として学園内外に広まるリスクばかりが際立つ捨て身且つ無謀すぎる行為と言わざるを得ないだろう。 「(……というか)」  彼女が大胆不敵に大声で告白した際に、既に中庭は静まり返っている。  そのため、中庭にいる随分と広範囲の生徒たちに彼女の告白の行方がダダ漏れ状態。何ともいたたまれない雰囲気がどんどん広がり、誰一人身動きが取れない状況に陥っている。 「(桜庭くんの告白の行方を見届ける趣味、ないんだけどなあ)」  桜庭くんがモテることは、幼なじみである私もよく知っている。  告白シーンに出くわした程度で、今更動揺することもない。  とはいえ、幼なじみのプライベートシーンに踏み込む行為はきまりが悪い。  確かに幼なじみの桜庭くんとは、どの友達よりもたくさんのことを共有してきた。だけど、どんなに時間や思い出を共有しても『家族』ではなく『他人』なのだ。その事実を理解しているから、桜庭くんの領域を侵害しない努力も全力で行うわけで……。最大限の配慮を忘れないでいたから、高校生になった今でも良好な関係を築けていると思っている。だからこそ、不可抗力でも告白を立ち聞きしている状況は心苦しい。既に桜庭くんはNOという答えを出している。微動だにしない鋼の心臓の持ち主な彼女にヤキモキしつつ、二人が解散する瞬間を今か今かと待ちわびる。 「……どうしてもダメかな?」  !!!!  まさか彼女が追撃してくるとは夢にも思わず、私も含め多くのギャラリーが驚きで目を見開く。そんな中、桜庭くん一人が表情一つ変えることなく、淡々と言葉を返す。   「そうだね」 「桜庭くんがショートが好きなら切る! 黒髪が好きなら染め直す! 何でもするから」 「…………はぁ」  ため息が混じる桜庭くんとは対照的に彼女の目は血走っている。見るからに二人に歴然とした温度差に、当事者を差し置いて震え上がってくる。 「相手に無理に合わせて良いことになるはずがないよ」 「……っ」  臨戦態勢だった先ほどまでの勢いは何処へやら。桜庭くんが浮かべる極上のスマイルを目の当たりにした相手は言葉を失っている。微笑み一つで相手に絶大な揺さぶりを与える桜庭くんが『北高の王子様』と呼ばれているのも納得だ。とはいえ、北高の王子様から見惚れるような美しい笑みを向けられ、本質を見失うような相手では桜庭くんのパートナーになることなんて無理だろう。  桜庭くんは決して優しく気遣ったわけじゃない。  むしろ、彼女に何を言っても無駄と諦めた結果が王子様スマイルだった。  桜庭くんに言葉を交わす価値さえないと切り捨てられてしまった事実に気付かない限り、彼女の隣を桜庭くんが選ぶ可能性なんてないはずだ。  彼女の追撃を華麗に桜庭くんが封じ込め、中庭にようやく平穏な時間が戻ってくる。桜庭くんのスマイルに気を取られているうちに、いつの間にか主役の二人は中庭から消えていた。
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