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一人になると、彼女と話している時は気にならなかった頭痛と胸の不快感が返ってくる。少しだけ救われていたのかもしれない。
「アキちゃんのお願い、聞くのかい?」
カウンターから出てきたおじさんが、そっと尋ねてくる。それで一人ではなかったことを思い出した。
「受けない方が、いいですか?」
「中途半端が無ければ、と思うよ。あの子、危なっかしいから断るならもう一度会う前に決めて欲しいな」
その意味するところは、彼女が言う責任を取るという言葉を指していそうで具体的に聞くのは憚られた。
「この辺り、家主が居なくなった廃屋寸前の家とか多いんだ。そういう住居を借り上げて児童養護施設にしている業者があってね。この辺りにも数件あるよ」
「あの子も?」
「年齢聞いたでしょ。もう出てるよ。でも、あの家は人の入れ替わりもほとんど無かったし。家族同然かな。とても仲が良い」
「詳しいんですか?」
「店を開けていれば来てくれるからね。溜まり場というか。施設の子たちには、少し他の家庭とは境遇が違うだけと捉えている子もいれば、深いキズを追って来た子も居る。その辺りのことは、君も念頭に置いておいた方がいいだろうね。
勉強を見てもらうのもここになると思うよ。施設に部外者というのも面倒があるだろうし」
「ここで? いいんですか? お店ですよね?」
「良いも悪いもないよ。彼らが来てくれるから未だ続けている。近所の常連客に支えられてね。伊達や酔狂だけじゃ、ままならないから」
おじさんが、仕方ないと苦笑する。ここも維持するのは大変なのだろう。
「自分はたぶんもう生きれないです。ずっと、何度考え直してもぶれない」
「誰にだって死は訪れるよ」
「そうではなく--」
「冗談だよ。あの子が言っていたね。君の人生を背負えるほど、君を知らない。だから生きろとは言えないね。
ただ、君があの子のお願いを受けるなら、結果に満足して逝って欲しいとは思うよ」
「そうですか」
量感のあるコーヒーを口に流し込んで席を立つ。
会計を済ませて店を出ていく。
「明日、また来ます。彼女に責任を取ってもらう気はありませんけど。最後に、捨てる前に自分を使えるのは、悪くないと思いました」
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