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ホームを引っ張られてエスカレーターで改札まで導かれた頃に、ようやく尋ねた。
「あの、どこへ?」
「いいとこ」
繁華街に出た後も引きずられるように付いていく。徐々に商業的な町並みから住宅街へと変わっていく。高級マンションが立ち並んでいた所から外れて、築年数の長そうな木造家屋が目立って来た。駅からは小一時間は歩いただろうか。
「おっさん、もう自分で歩ける?」
彼女はようやく手を離してくれる。二つの答えがすぐに浮かぶが、彼女にどうしようもない方は答えから除外する。
「ああ、大丈夫。ごめん」
「謝んなよ、おっさん」
歯を見せて笑う彼女が、一つの店を指差した。
「とりあえず、あそこで話そか」
そう言って指し示すのは、古びた喫茶店だった。繁盛しているようには見えない。内側に電灯を抱えていそうな昭和臭い看板の横を通り、彼女は店に入っていく。
それをぼーっと見送っていると、慌てた様子で彼女は戻ってきた。
「おっさん! 何で来ないの? 話聞いてた? 大丈夫って自分で言ったよな?」
「あ、ごめ--」
「ごめんは結構。いいから来い」
問答無用で、店に引きずり込まれた。
「いらっしゃい」
店に入ると好々爺としたおじさんに出迎えられた。ポロシャツの上からエプロンを付けただけの姿は、店員というより趣味でお茶を振る舞う定年後のお父さんだろう。
「横さん、あたしクリームソーダ」
「はいよ」
カウンターの内側に立つおじさんに彼女は告げて、二席しかない四人がけのテーブル席に、こちらの体を押し込んだ。
「そちらのお兄さんは?」
カウンターの中から、横さん、と呼ばれたおじさんに尋ねられる。向かいに座った彼女がメニューを開いてくれた。
「えと、ウィンナーコーヒーで」
流すようにメニューを追って、適当に目についたものを頼む。
「大丈夫か? おっさん。ソーセージついて来るわけじゃないぞ」
「大丈夫。知ってる」
答えたら、つまらなそうに鼻を鳴らされた。使い古されたネタだと思う。
椅子に座り直して、ポケットからスマホを取り出す。もうバッテリーが切れていた。
「何で、ここに」
「ゴチになります」
尋ねたら即答が少女から返ってきた。机に額を押し付けるように深い礼が返ってくる。いらなかった。
「お金、無いの?」
タカりだろうか。別に今更構わない、というのが正直な所ではある。どうでもいい。
「不自由を感じない範囲で持ってる、という意味ならギリ有る。額面って話ならクソ底辺だと思う」
「そう」
「おっさんが聞いたんだからもっと興味ある返ししろよ」
「大変だね」
返すと、向かいで少女が疲れた息を吐いた。
「それで、ここ奢ればいいの?」
「冗談だよ」
「じゃあ、何でここに」
改めて問うと、彼女は考える間を取る。
「おっさん、家庭教師やってくれ。金は、あたしの心付け程度。まあ、無給だと思った方がいいか」
無茶な話だと思っているのか、彼女は頬をかきつつ視線を逸らした。
「塾は金かかるし、意外と学校って勉強の質問する暇取れないみたいでさ。でも、わからないものを自分で勉強するって難しいんだよな」
うんうん、と頷く少女が手を合わせて拝むように言う。
「ちょっと試しでいいから頼むよ」
「無理だよ。家庭教師って、急に言われても。やったこと無いし」
「やったこと無いなら、やってみた後で無理かどうかは言えよ」
「どうして、自分に」
「理由? 理由かー」
考えるように指先を振って、ぴっとこちらを指し示した。
「おっさん、サラリーマンだよな?」
「まあ、そうだね」
「大卒?」
「まあ」
「有名?」
「一応、国立大」
「有名? ん? わからん。けど、いいや」
手を叩いて向かいで黒髪が揺れる。
「今までのは能力? 的な話」
「能力?」
「うん。でも受験乗り越えた大卒のサラリーマンなんて腐るほど居る訳じゃん。だから、誰でも当てはまる訳。で、こっからがおっさんに頼む理由」
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