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人が何度も目の前を行き交う。
鉄の箱がガタンゴトンと音を立てては入ってきて、耐えきれないと言わんばかりに勢い任せで人を吐き出していく。内を吐き出せば、空いたところへと人をたらふく呑み込んで再び走り出す。
既に七本の電車を見送った。
頭痛が酷い。首が痛み、胸も時折引きつったように震える。何か重病だったら、よかったのかもしれない。ここにこうしてはいないだろう。五体満足、体は至って健康だ。
たぶんおかしいのは頭。人によっては心と言うだろうか。意識が向けば記憶を辿って勝手にこみ上げてくるものがある。心臓を握りつぶすような、冷水を頭から被されるような心象に苛まれる。体に異常はなくても呼吸は乱れる。胃からせり上がってくるものもある。
前を見れば、ホームドアの上から覗いていた車両は既に流れていなくなった。
不慮の転落事故を防止するための柵。だけどここにあるのは、意図すれば乗り越えられるものでもある。
普段通りに通勤のためにホームに立って、でも足は動かない。そのまま三十分はこうしているだろうか。
とてもいいアイデアが思いついた。それから三十分は経っている。何も起きない。
嘲笑した--自分を。
何かが突然に起きることなんて無い。あらゆることには理由があって、原因がある。だから独りでに自分が線路上に落ちることなんて無い。決して無いんだと、改めて知った。自分であの柵を乗り越えなければ、結果は生じない。
スーツのポケットでスマホが振動した。一回、二回、三回……二十を数えた頃に、プツりと途切れる。これで何回目だろうか。会社の上役は大変だ。無能な部下を持つと、尻を叩いて追い込みを駆けなくてはいけないのだから。下手に使えない人間を雇った結果、お互いが不幸になる。
ホームに強い風が吹き込んできた。電光掲示板に目を向ける。赤抜きの文字で通過が示されていた。
次にスマホが揺れたら出よう。
そう決めて待つ。
スマホが再び振動した。背中を押されるように一歩を前に。同時にホームにアナウンスが電車の通過予告を流す。黄色い線の内側へ、と促す声に反してもう一歩踏み出す。
「待てよ、おっさん」
腕を引かれた。反射的に振り返ると、少女がスーツの上から腕を掴んで引っ張る。茶色がかった長い黒髪を結って横に流した女の子が、感情の無い視線で見上げてくる。成人しているようには見えないが、サイズの合わないパーカーにジーンズとういう装いで、平日の朝にどこかへ通学という様子もない。
「駅員がめっちゃ見てる。どうせ止められるって」
言って、近くに来ていた駅員に彼女は問題ないと手を振る。
彼女はぐっと掴んだ腕を引く。急なことで、堪えられなかった。いや、止められた時点でもう、何も抗うことなんてできなくなっていた、という方が正しいか。
勢いでそのまま彼女の横を抜けてホームに倒れ込む。無様だろう。それがどうしたのか。今に始まったことじゃない。
「おっさん。あんた、死にたいの?」
少女が見下ろす。事実確認をするだけ、そんな声音だった。
数十分前に浮かんだ名案。実行されていない今も、それでもやはり名案のまま自分の中に残っている。
答えずにいると、彼女は屈み込んでこっちを覗き込んでくる。
「まあ、いいけどさー」
少女に手を引かれて抗うことなく立ち上がる。その手に誘われるまま、抗う意思もなくただただ彼女に付いて行った。
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