はじめっちゃん

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 それは数日前、講義が終わり友達とカラオケにでも行こうとしたところを教授に呼び止められ理事長室に連行されたのだった。何かやらかしたかなと少し不安になり、尋ねてみたのだが教授も内容がよくわからないらしい。なにか得体のしれない不安が僕を襲った。  理事長室を目の前に躊躇する僕を気にも留めずして教授はこんこんこんこんとノックをした。ばか!心理学の教授のくせに、僕の気持ちを少しは考えろ。そう心で強く反発したが、極悪教授は非情にも無視を強行した。  心臓がドクンドクンと踊る。BPM140は奏でている。わぁ、僕の心臓パリピ。  そんなバカみたいなことを考えていると、どうぞと重々しい声が響いた。失礼しますと言いトビラを開け部屋に入った。僕の腕を掴んで。  理事長室に入るのは初めてだ。そのため豪華絢爛な場所というイメージがずっと頭の中にはあった。しかし蓋を開けてみればそうでもない。理事長室は会議室を思わせるほど広いだけで、学校の歴史が載った年表、歴代理事長の肖像、日ノ丸国旗が飾られているだけだった。質素で好感が持てる。きょろきょろ視線を変えれば同じく質素な黒いスーツを着た屈強な男性がずらりと。・・・え?  「うん、来てくれてありがとう田中一君。さあかけてくれ」  椅子から杖を突いて立ち上がる初老の男性は温和そうな笑顔で僕を向かい入れてくれた。その周りには黒いスーツを着用した屈強な男性もずらりと並んで歓迎の印かへたくそにニカッと笑ってくれた。  心臓がドクッドクッとダンスを更に激しくした。BPMは160くらい。僕の心臓超パリピ。  現実逃避気味にバカなことを考えていると、なぜか僕の腕を掴む教授の力が強くなった。とても痛いからやめてほしい。  「教授、どうしてそんなに強く腕を握るんですか。腕が千切れます。離してください」  「ふむ、千切れるか。その言葉はおかしくないかね」  何を言っているんだコイツはとうとう呆けたか。どうやら彼には心理学の才能がないようだ。こんなにも痛そうにしている僕の顔を見ても何も察せないなんて。どうやら論文ばかり読んでるせいか論理的な言葉以外は受け付けないらしい。やれやれこれが論理を追求する者の成れの果てか、同じヒト科とは思えないな。  「分かりました。教授がそこまでおっしゃるなら論理的に説明してご覧に入れましょう。見てください僕の腕を、変色して大変なことになってます。これは僕の腕を教授が強く握っていることに起因された人為的現象です。教授が僕の腕を離さなければ最終的に折れてしまうことでしょう。」  完璧な説明だ。これでも講読演習を三回も受けた僕からなんてことない。おそらく教授も僕の論理的な説明に納得して手を離してくれるだろう。  「…どうやら君は今回も単位を取得できないようだ。何度も言うが~的と付ければ論理的な言葉になると思ったら大間違いだ。それに加えてコメントをするなら腕のことだが、君が無理に後ろを向いて逃げ出そうとしなければ腕がこんな紫コンパスみたいにはならないだろう。だが、そんなに痛いのなら教育者としてなんとかしてやりたいな。すまないが君たち、彼に前の向き方と椅子の座り方を教えてやってくれないか」  「わかりました」  ぞろぞろと群がる黒服。彼らはぞっとするほどの笑顔を浮かべていた。全員が全員恵まれた体格をしている。まるで良識ある知識人を弾圧する秘密警察のような、また手慣れた手つきで僕の必死の抵抗むなしくあっという間に席に座らされた。座ったのを確認すると教授は腕を離してくれた。くっきりと手形がついていた。すっごい痛い。  「はっは、相変わらずだな」  初老の男性はその様子をニヤニヤと笑いながら珈琲を一啜り。 「うん、やっぱり美味しいな」  いい香りだ。すると気が利く黒服の一人が手際よくコーヒーを入れる。しかも最近はまってる銘柄のやつだ。なかなかセンスがいいな。上品な香りを鼻で楽しみ芸術品のような純白のマグカップに注がれる珈琲を見ていると、自然と先ほどまでの理不尽に対する怒りもどこかへいってしまった。注ぎ終わるのを待つのは至福の時間だ。待てと言われた犬のように湧き上がる衝動を抑えることは、文明人であることの条件ともいえる。コーヒーブレイクとは珈琲が注がれている段階から既に始まっているのだ。どうぞ、という待ちわびていた声がかかった。僕はよし、と言われた犬のように無我夢中に珈琲を喉に流し込んだ。  「・・・思わず実家のペロの事を思い出したよ。言ってくれればマグカップを持ってあげたのに」  戯言をほざく教授を尻目にマグカップに噛みついて上に持ち上げることで更に珈琲を喉に流し込む。うん、良いコクだ。  「キミ熱くないのかね。淹れたての珈琲なんて90度はあるだろう。そんな飲み方だと火傷するよ」  心底驚いたと言わんばかりの表情を浮かべる教授を尻目に空になったマグカップをどんっとテーブルに置いて言った。  「ごちそうさまです。お代わりください」  二杯目も最高に美味しかった。ふうと落ち着いたのを見計らってか、彼は好々爺然とした柔和な笑顔を浮かべて話を切り出した。 「さて、場も和んだし自己紹介といこうか。私は文部科学省人的資源管理部部長補佐の川﨑だ。君は田中一君だよね」 「は、」 落ち着く喫茶店でリラックスしていたところにスルッと爆弾を投下された気分だ。訳が分からなかった。なに言ってんだコイツは   「おや、何言ってんだコイツは、かな」  温和そうな笑顔から一転意地の悪そうな笑みを浮かべて川崎はそう言った。 心を読まれた、のかこれは。いやまさか、こんなの推測すれば当てることは可能だ。 「心を読まれた、のかこれは。いやまさか、こんなの推測すれば当てることは可能だ。かな」 「いやいや、手品師でもペテン師でもないよ。ぼくは実はね、持ってるんだよ。超能力?はは、違う違う。そんなすごいものじゃないよ。これは単なる読心術に過ぎないさ。いや、生まれもってのではないよ。手に入れた経緯はさすがに珈琲数杯では足りないから話さないけど小学生の頃にね」 「おっと話がズレてしまったね閑話休題。それで国のよくわからない組織の特殊能力者が自分に何の用だって言うとね、ずばりスカウトだ。君を見込んでね近日中に新しく発足する未来想像局の局長をやってほしいんだよ」 「うーんなんだそれと言われても守秘義務があってね、一君がyesと言ってくれないと公開することが出来ないんだよ。ほんの少しもね。level5の機密情報なんだ。了承してくれ」 「拒否?いやはやこれは国家命令でね拒否することは許されていないんだ。うん、たしかに茶番だと言われれば否定できないね。ただ目の前の決定事項に関しては戯言でも茶番でも夢でもない。単なる決定事項に過ぎないんだよ」 「選ばれた理由?残念ながらそれも守秘義務があってね。唯一言えるとしたら、選ばれてしまたからかな。おいおい、そんな怪訝な顔をしてくれるな。安心していい、聞けば君も絶対に納得する。これだけは何があっても確約できる。信用出来ないって?ははそりゃそうだ」 「しかしこれは信用するしないの問題ではなくやるしかないって問題だ。さあ、ここまでは理解できたかな。全然全く?はは、なるほどなるほど。ならここからはとても簡単だ喜んでいいぞ。なにただこの書類に自分の名前を書いてハンコを押すだけだ。ハンコがない?まさか、一君は小学生の頃から実印をいつも筆箱に入れているじゃないか。嘘はよくないな」 「ん、なんで知ってるかって?はは、我々人的資源管理部を舐めてはいけないよ」  とまあこんな風に、日本人にはなじみ深い詐欺師的手法に押しに押され僕は文部科学省人的資源管理部直轄未来想像局局長になってしまったわけだ。  川崎は僕の補佐として専属秘書となった。どうせならケツがでかい美女を秘書にしてほしかった。どうしてこんな初老が僕の秘書なんだ。少しくらい僕の要望を通してくれてもいいじゃないか。
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