はじめっちゃん

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 とまあそんな愚痴混じりの回想を現実逃避気味にしていると、では次回の会議は3日後です。お疲れさまでしたと聞こえてきたので、どうやら会議が終了したようだった。思ったけどこれ僕いらなくね。  「お疲れ様です局長、では立ち上がらせますね」  椅子を引いて脇に手を入れてもらいせーのの掛け声で椅子から立ち上がる。 「なんか病人みたいだな」 「病人みたいではなく病人そのものですよ。なにせ両腕複雑骨折で両腕二か月安静ですからね。やれやれ両腕の治療のせいで記念すべき第一回目の会議が二日も遅れてしまいましたよ」  アメリカ人がよくやるような、肩をすくめる動作をする川崎の顔を無性に殴りたくなった。  それにしてもこいつ初めて会った時と印象がマジで違うな。なんかどっかで会ったことがあるような。  「そろそろ局長室に戻りましょうか」  書類を整理しながらそう川崎が言ったので、おうと返事をして局長室まで歩いた。歩いていると先ほど感じた違和感の正体に気づいた。  「おい、なんで杖ついてるんだ。さっき僕を立たせる時両足でしっかりと立っていただろ」  今は杖を突いていない。つまりこれが意味することは… 「ああ、これは伊達杖です」  特には何もなかった。うわ、超恥ずかしい。  そんなことを考えているともう俺の局長室だ。川崎がドアを開けて僕が入る。続いて川崎が部屋に入った。局長室には僕と川崎の二人しかいない。僕は二つ目の違和感を川崎に問うた。 「川崎、あんた本当は僕の心なんて読めやしないんだろ」 「おや、なんですか急に」  薄ら笑いと共に川﨑は返した。その瞬間僕は確信を持った。  「おまえ、さっきの会議室で僕が思ったこと考えたことに何一つ言い返してこなかったじゃないか。お前の性格なら皮肉の一つくらい言ってくるはずだろ。なのに何もなかった」  妙だった。川崎という人間はいちいち皮肉を言う人間であるはずだ。それなのに会議後、僕が言ったことには機敏に反応して皮肉を言ってきたくせに、僕が思ったこと考えたことには何も言ってこなかった。  川﨑は口笛を吹いて茶化した。確定だ。 「確定だ。こいつは考えを読むふりをして超能力者ぶっていた単なる中二病じじいだ、かな。おいおい酷いな何度も言ってるだろ。ぼくは超能力者じゃない単なる読心術者だって」 僕が言おうとしたセリフを読み上げると、子どもっぽく茶目っ気ある言い方で訂正した。  「え、いやだってさっきは反応しなかったじゃないか、かな。あはは、考えてもみなよ会議室だぜ?どうしてぼくがそんな一人で喋って突っ込んでをしなくちゃいけないんだ。完全にアブナイやつだろ?」  アブナイやつだろ?というセリフに聞き覚えがある。どこかで、そう昔どこかで聞いたことがあるはず。  「おや、もしかして思い出してるのかい?ならもう一個ヒントでも出そうか。はじめ君?なんか呼びにくいねそうだ良いニックネームを思いついたよ」  「はじめっちゃん。でお前はわかさぎ」  「川崎だよ」  脳の奥底にある埃まみれの記憶がふつふつとこみ上げる。その瞬間違和感が溶けた。  「おまえ、まじで」  「マジだぜはじめっちゃん。ひさしぶり。小学生以来かな。にしてもよくわかったね。こんなに歳を取ったのに」  「おまえ、今までどこに」  「言ったろぼくは読心術者なんだ。そんな僕を政府がほっとくわけないだろ?」  「くそっ腕がこんな風になっていなかったらおもいっきりぶん殴ってやってたのに。治ったら思い切りぶん殴ってやる」  「おいおい勘弁してくれよ。はじめっちゃんと違ってぼくはこんな杖ついた老人だぜ。大変なことになっちまう」  「そーいえばなんで川崎はそんなじじいになってるんだ。政府は精神と時の部屋なのか」  「あはは、そういえばはじめっちゃんを未来想像局の局長に選んだ理由をまだ言ってなかったね」  「いや話すり替えんなよ。そもそもそんな話は―  「はいはいうるさい黙っとけ。説明には順序があるんだ。戯言はぼくの話の後に聞いてやるからさ。てかまあ、選ばれた理由なんてそういうとこなんだけどね」  「わけわかんねぇよ」  「シンプルな話だよ。ぼくは未来から来たんだ。40年後はじめっちゃんが第114代目内閣総理大臣になってる未来からね。とうとうタイムマシーンが完成したのさ。はじめっちゃんも39年後になったら知ることになるだろうけどね」  「おいおいちょっと待て、僕の脳じゃ理解が追い付かない」  「あー大丈夫大丈夫。ほとんどの人が理解できないからさ。それでぼくがこの40年前に来た理由だけどねちょっと長くなるから頑張って聞いてほしい」  話しを聞けば単純明快だった。いつの時代も時の権力者にはヘイトが集まる。崇徳天皇然り、ジョン・ケネディ然り、 ヘイトが集まれば行き着くのは―  「暗殺されるんだよ」  「タイムマシーンの開発により要人暗殺がとても簡単になった」  「法整備は全く追い付いていない。タイムマシーンの原理は全身麻酔が人体に効く理由が分からないのと同じく解明されていないんだ」  「だからタイムマシーンが開発された時代の権力者はほとほと不幸だ。すでにタイムマシーンは全世界に100機以上は存在すると言われている。国連公式発表では34機と発表されているんだけどね」  「核兵器なんてぼくらの時代では二流兵器って言われているんだ。この時代じゃ信じてもらえないだろうけど」  どんなおぞましい未来だ。想像するのも億劫になる未来。しかも遠くない、限りなく近い存在する未来。  「でね、はじめっちゃん。いや、第114代目内閣の田中一総理、あなたは暗殺の危機に瀕していたんだ。別に悪徳だとか極悪非道の独裁者とかっていうわけじゃない。ただ運河わるかった。それだけだ。」  悪い事をしたわけではないのに暗殺される。理由なんてあってないようなもんだ。都合が悪い。想定外の人物だった。なんか思ってたのと違う。全て個人のエゴ的な問題だ。  タイムマシーンという蜂蜜はそんな彼らを魅了させた。ただそれだけの単純な話だった。  そうか、僕が将来総理になって暗殺されるの……暗殺の危機に瀕していた?  「そうだよ、はじめっちゃん。危機に瀕していた。過去形。つまりは解決したんだ」 「ほ、本当か?」 「ああ、本当だとも。ほら証拠だ」  書類の中からぺらっと1枚の紙を差し出した。見るとそこには自分を含めた未来想像局の名簿で総勢7名の名前が書かれていて……?  あれ、確か未来想像局は総勢38名じゃ… 「そう、未来想像局は総勢38名の局所だ」 「おいまさか」 「そう、そのまさかさ。38名中31名が未来からやってきた暗殺犯だったんだ。そして彼らは去った。その去った理由というのが、君が未来想像局局長に選ばれた理由なんだ。実はね、本来だったら未来想像局なんてものは生まれることがなかった組織だったんだ」  「どういうこと」  「本来ならはじめっちゃんは大学の留年が決まったことがきっかけで、大学制度の改革を要求する第二次学生運動を引き起こすはずだったんだ」  「え、なにそれ超ヤバイやつじゃん。第一そんなことがきっかけで運動なんてうまくいくわけねぇだろ。すっごい馬鹿だ」  「たしかに動機は馬鹿だ。でもこの運動を起こしたことで奨学金に苦しむ学生や、現政権に批判的な勢力がこぞって、君を支援したんだ。そして政治家になって、挙句は総理大臣になってしまったんだ。だからぼくはそのプロセスを封じるために、君を未来想像局局長っていう名前だけの役職を与えることにしたんだ」  「……え、単に僕が留年しなければいいんじゃないの?」  「それは何をどうしても覆らない運命じみた決定事項みたいなんだ。あらゆる方法を試したけど君が留年する未来を防ぐことが出来なかったんだ。それで仕方なく大学を退学してもらったんだ」  「ちょっと待て。え、僕退学したの?いつ」  「ほら、数日前に契約書にサインしてもらったでしょ、あれ、退学届けだったんだ。さて、長かったけどこれがはじめっちゃんを局長に選んだ理由だよ。なんかほかに質問ある?」  「ねぇよ。自分の馬鹿さ加減に頭を抱え込みたくなったよ」  「はは、たしかにね。さてなにはともあれこれでぼくは安心して未来に帰れるよ」  「え、」  帰っちゃうのか、とは言えなかった。川崎も察してくれたのか何も言わなかった。  「そうだな、川崎は未来の人間だもんな。そりゃそうだ仕方ない」  「そんな泣きそうな顔するなよ。ぼくも悲しくなってくるじゃないか」  泣きそうになんて―嘘だった。気が付けば目が熱くなっていた。視界がにじむ。  すると無言で川崎はすっと青いハンカチを渡してきた。  僕はそれをひったくるようにように取ると目元にあてた。少しのあいだ目元にハンカチをあてて考えた。どんな言葉で未来に送り返そうか。少しは粋なことを言ってやらないとな。  しかし残念なことに何も思いつかない。それでもなんとかしてひねり出そうと考えていると、突然こんこんこんとノックをされた。 空気が読めない来訪者だと無視していると、ガチャっと音をたててドアが開いた。  まさか暗殺者か、そう思い青いハンカチを目元から外した。  「おう、田中一未来想像局局長祝杯の花束を持ってきたぞ」   部屋に入って来たのは真に暗殺されるべき極悪人の教授だった。   すぐはっと異変にに気づいた。   川﨑がいない。
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