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朝が始まる
「蓮人さん、起きてください」
蓮人の耳元から、女性の声が聞こえる。
蓮人は薄っすらと目を開け、視線を声がする方に目を向けた。
そこには見知った顔である夕夏が律儀に正座をして蓮人を見ていた。
「おはようございます。蓮人さん、よく眠れましたか?」
夕夏は柔らかな笑みを浮かべる。
蓮人は朝が苦手で、夕夏に起こしてもらっているのだ。夕夏が正座しているのはいつものことで、蓮人も突っ込んだが、夕夏いわくこうしてみたかったという。
「あ……ああ」
「朝食はできてますから、冷めない内に食べましょう」
夕夏に言われ、蓮人は壁に掛けてある時計に目をやると七時である。
「そうだな、食うか」
蓮人は言った。
「うん! 美味い!」
蓮人は夕夏が作った朝食を頬張って口走る。夕夏は料理が上手くて、箸が止まることはない。
「それ、毎朝言ってますね」
「いやいや、毎朝言いたくなるよ、夕夏の飯は最高だよ!」
蓮人は夕夏を誉めた。
夕夏は蓮人の一つ年下の後輩で、同じサークルで会い、彼女の人柄に蓮人が惹かれて交際を始めたのだ。
今はお互いのことを知るために同棲しており、期間はお互いが就職するまでとしている。
夕夏と暮らして数ヶ月経つが、分かったことは、夕夏は家事全般を上手くこなす。特に料理はレパートリーが豊富で蓮人を飽きさせることはない。
そのお陰か、同棲するまでは外食ばかり食べていた蓮人だが、今は外食をやめた。
「ごちそうさま!」
蓮人は全て平らげ、トレイを手に持った。
「片付けは私がやっておきますよ」
「良いって、これくらいは俺にやらせてくれよ」
蓮人は言った。
夕夏に負担を掛けるのは申し訳ないので、食後の片付けは毎回自分でやるようにしている。
今日は企業の面接があり、すぐに準備をしなくてはならないが、それでも片付けは欠かさずやっている。
「それじゃあ行ってくるよ」
玄関でスーツ姿に身を包んだ蓮人は夕夏に語りかける。
「気を付けてね……あ、はい、これ」
夕夏は言って、弁当箱が入った袋を手渡した。
夕夏は時間に余裕があると弁当を作ってくれるのだ。
「中身は?」
「肉じゃがよ」
「おっ、それは楽しみだな」
蓮人は言った。
夕夏の作る肉じゃがは絶品だからだ。面接は緊張するが、夕夏の弁当の中身を考えるとウキウキしてきた。
蓮人は玄関のドアノブに手をかけて、外に出た。
夕夏と自身の未来のために頑張ろうと蓮人は思った。
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