<星が見えない>紗季side

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<星が見えない>紗季side

どこまで私って惨めなんだろう。 男に騙されていた、しかも義理だけど兄弟に。 恋愛スキルのなさが今更ながら悔やまれる、高校まで女子校で友人たちが合コンで他校の男子と付き合っている話を聞いて羨ましいと思っていたけど、合コンに参加する勇気が無くて断っているうちに友人は彼との時間を優先して気がつくと一人でスケッチブックにイラストを描いたりして青春時代が過ぎていった。 そのまま短大に上がっていく友人達をよそに、ゆくゆくはマーケティングをしたかったこともあり、エスカレーターから降りて外の大学を受験した。 男性に免疫がなかったから、話かけられてもおどおどしていたが、履修科目がよく一緒になる男性がいて気がつくと隣に座っていることが多かった。 マックス・ウェーバーの授業、この教授はいつもボソボソと話す為聞きにくい。それでも集中して聞いていると、隣に座っていた男性が私のノートに付箋を貼った。付箋には『お昼一緒に食べない?』と書かれていて驚いて横を向くとその男性はにこりと微笑んだ。 こんな時、どうすればいいのか分からない。付箋に返事を書けばいいのか、そもそも二人なのか、他に誰かいるのかも分からないから緊張で全く授業が頭に入ってこなかった。 「いきなりごめん、ずっと誘いたかったんだけど勇気が出なくて、もしよかったらお昼を食べに行かない?」 それが彼と話をするきっかけになり半年後告白されて付き合い始めた。 大学2年生だった。彼とは何もかも初めてだった。 就職してお互い会える時間が少なくなったある日、彼の部屋には知らない女性がいた。 そしてその時に彼が言った言葉は今でも忘れられない。 「オレ達、もう終わってるよな」 あれがトラウマになり、恋愛が怖くなった。 自分の知らない所で恋愛って終わるんだって 丁度、OKIの独身者用社宅に空きが出て直ぐに引っ越して全てをリセットするつもりで彼の痕跡を消して仕事に打ち込んだ。 四年間仕事に打ち込んで自分の企画もヒットして一人で平気だと思っていた時に彰さんに出会った。35歳で部長というポジション、物腰も柔らかくすごいキレモノというわけではないが評価されているんだろうと思っていた。 噂話や恋話に興味がなかったから、彰さんの事は本部の部長と言うことしか知らないし、会議の後に食事を誘われて戸惑った事も確かだ、その後もランチに誘ってくれてディナーに誘われた夜に告白された。 今思えば、彰さんと朝を迎えた事は一度もなかった。 忙しいと言うのはわかっていたから、彰さんの時間ができた時に夕食を食べてホテルに行った。部長は直属ではないが部下との深い関係が知られるとお互い仕事がし難いだろうと言うことで二人の関係は秘密となった。 それでも会えると嬉しかったし、この関係もいつかは皆んなに知られてもいいと言ってくれる日が来ると思っていた。 だけど、そんな日は来るわけが無かった。 彰さんから初めて旅行に行こうと言ってくれた日が別れの日になったから。 彰さんとのデートの日、オフィスを出ると黒のレクサスから降りてきた男。 180㎝の彰さんよりも背が高く、世間一般ではイケメンに属するであろう(第一印象が悪くてしばらくはサタンにしか見えなかった)その男は、彰さんの義兄だと名乗った。 彰さんには奥さんがいた。 そしてサタンは奥さんの兄だった。 凄くショックだった。 サタンの前で、別れることを伝えて帰った。 ゲリラ豪雨でグショグショになりながら歩いた。 数日後、サタンから慰謝料について話したいと呼び出され、身体の関係を求められたから藁人形でも打ってやろうかと思ったら、企画部長が3ヶ月の香港支社へ出向になり代わりにやってきたのがサタンだった。 サタンの本名は沖田健一郎、OKIの御曹司だった。彰さんの義理の弟という事は社長の娘婿だったという事だ。 道理で周りに知られてはいけないし、短時間しか会えない訳だった。 完全に遊ばれていた。 沖田部長はいわゆるボンボンとは違い、かなりのキレモノだった。 仕事ができる、そのくせ気配りまでできて部下からの信頼も厚かった。 悔しいけど認めざるおえないし、一緒に仕事をするのは楽しくなっていた。 行動を共にするにつれて惹かれていくのがわかり怖くなった。 義理とは言え、この人の弟と関係があった私が沖田部長と何かあるとかありえない、それなのにどんどん部長は踏み込んでくる。 ちょっとした仕草がセクシーだとか、変な所で照れるとかダメだと思っていたのに一線を超えてしまった。 男性経験は多くない、というか27歳で三度目の恋、しかも彰さんの前はブランクがありすぎた。 頭の中が真っ白になるとかいう感覚は初めてだった。 どこもかしこも身体の全て、指の先まで感じて気持ちがいい。 でも、これが罠だった。 部長に溺れて身動きができなくなったら捨てるつもりだったんだろう。 大切な妹を悩ませた私への罰として。 最初で最後に抱かれた時、名前の呼び方で笑いあった。健一郎だと長いから結局"健"に決まってこれからずっと呼ぶことになるかと思っていたけど、あの夜だけだ。 身体を繋げた後彼の本心に触れて、知らぬふりで朝を迎える事は出来ず夜が明ける前に逃げ出した。 大粒の雨の中駅に向かって始発で帰った。 部屋につくと彼の痕跡を体から洗い流し、退職願を書いた。 必死に働いて認めてもらえて楽しかった。 健に話した企画を進めたかった。 でも、心が悲鳴を上げる。 彰さんの時は仕事に打ち込んで忘れられたし、健がいてくれた。 嫌味な人だと思っていたけど、知れば知るほど惹かれていって、こんなにも心の中が健に侵食されていた。 とてもOKIにいられない。 有給も全然使ってなかったから退職までを有給の消化に当てて、どこか適当に旅行をしよう。 どうせ眠れないから荷造りをする。 一週間遊んだら、OKIの社宅であるこの部屋も引き払わないと。 退職願と有給休暇願いを提出したその足で羽田空港まできた。 今、北に行けばもっと気持ちが落ちそうで第一ターミナル南ウィングへやってきた。 何処でもいい 掲示板を見ると石垣島行きが目に入り、確認すると座席に空きがあった。 迷わずチケットをとる。 スマホで石垣島を調べると星の砂があると言う竹富島を見つけ宿泊施設を調べるとお手頃なホテルを見つけて電話を掛けると空きがあるとの答えが返ってきたから、とりあえず三泊の予約を入れた。 その後は石垣島にも2、3日滞在してから沖縄にも行こう。 満天の星と砂浜を満喫したら全てをリセットする。 つもりだったが昨日も今日も全く星は見えなかった。 窓の外には白いモヤをたてながら雨が降っている。 スコール・・・ 南の島であるからか、彰と健の真実を知ったときの雨と違って暖かい。 同僚、退職願を出したから元同僚ということになるんだろうか、その元同僚で友人の知子が心配して連絡をくれた。 彼女に本当のことは言えない。 彼女だけでなく誰にも言えない。 どこにいるの?という問いかけに『星の砂の南の島』と答えた。 今夜星空が見えなければ明日は石垣島に向かう。 石垣牛でも食べよう。ホテルも明日、決めればいい。 何も考えず、先を決めず自分自身をリセットさせる。 石垣の並ぶ道をただふらふらと歩き、砂浜に座ってただぼんやりと過ごす。 そんな時間が愚かな日々を浄化してくれるのではないかと思った。 空が海がすべてオレンジ色に染まっていく。 今夜は満天の星が見れるだろうか?そんな風に思っているとぽつんと一粒の雨が落ちてきた。 ぽつぽつと雨粒が落ちてくる。きっとまたスコールになる。 そう思っていると不意に名前を呼ばれ振り向くとそこにはスーツ姿の健が駆け寄ってくるが砂に足を取られよろよろしながら近づいてくる。私は慌てて立ち上がり逃げようとするが私もまた砂に足を取られる。 どうして? 抱きしめられて混乱する。 「どうして!復讐ならもう充分でしょう」 その言葉に戸惑う健は私に愛を囁く。 私はずっと彰さんのことで負い目を感じて自分自身にも自信がなかった。 だから、健に裏切られたと思っていた。 だけど、健は私に真直ぐに向き合ってくれる。私と一緒にいたいと望んでくれる。 思った通りのスコールの中、深い深い口づけをした。 そのあとは二人で愛を確かめ合った。 雨でぐしょぐしょになった健の革靴をドライヤーで乾かしていると中から一粒の星の砂が落ちてきた。 結局、星空は見れなかったけど小さな星を見つけることができた。 もう迷わない。私は健を愛してる。
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