猫を拾わなかった話。

11/11
56人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「まあ、今回はたまたま誰か引き取ってくれたけどさ。今度捨て猫見かけたら、俺に連絡すればいいんじゃん?」 「え、でも連絡先知らないよ?」 「だから今から交換すんだって」 傘の中でやることじゃねーな、と笑いながらチャッキーはスマホを取り出した。片手で器用に操作して、トークアプリのQRコードを開いた画面をこちらに差し出す。 わたしも慌てて取り出して、トークアプリを開く。本当に、雨の中傘を差してやることじゃない。 「なんか今さらだよな。知り合って二年は経ってるし」 「そういえばそうだね。変なの」 そんなことを話しながら交換した彼のIDを見て、思わず驚きの声を上げた。 「千章(ちあき)だからチャッキーだったんだ!」 「え、知らなかったの? てかユッコちゃんこそなに? 結奈(ゆいな)って。コ、付かねーのかよ。てっきりユキコとかだと思ってた」 「それには深ーい事情があるんだよ」 わたしが言えば、チャッキーは長い前髪の奥の目を細めた。 「じゃあ今度話して。他のことも。いつでもなんでも、話したくなったら連絡して」 「……ありがとう。チャッキーも」 どうしてそんなに優しいの? そう尋ねようとしたけれど、やめた。その答えは、これからたくさん話して知っていけばいい。 夕方降り出した雨がやまなくてよかった。 ここにブランコがあってよかった。今日という日があってよかった。 今はただ、それだけでいい。 「おう。じゃあ帰ろっかな。あ、近くまで送った方がいい?」 「ううん、すぐそこだから。ありがとう、おやすみ」 わたし達の横を、車が一台通り過ぎていく。タイヤが濡れたアスファルトを滑って立てた、サーッという音に乗せて。 「またね、結奈」 彼が、少し照れたような顔で言った。 ~END~
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!