猫を拾わなかった話。

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自分達の置かれた状況をわかっているのかいないのか。こちらをじっと見上げる四つの丸く大きな瞳は、雨粒みたいにキラキラと澄んでいる。 思わず視線を逸らした。ああ本当に、どうして見つけてしまったんだろう。 「うちペット飼えないの。ごめんね」 伝わるはずもないのに謝ったのは、自分の心を軽くするためだ。 拾えばルール違反、見捨てれば罪悪感。かと言って、たとえば警察に相談したら、保健所で殺処分されるかもしれない。 結局そっと立ち去ることしかできないのだ。抱えなくていい罪悪感を抱えたまま。 「この傘、あげるから許して」 ビニール傘をダンボールにかざしてやり、わたしは足早にその場を離れた。もちろんただの自己満足だ。なんの解決にもならないのはわかっている。 振り返ることもできず、冷たい雨に打たれながら、もう一度心の中で「ごめんね」を呟く。 けれど──。 この罪悪感もきっと、雨がやむ頃には少し忘れてしまうのだ。そうしていつか、この出来事を思い出しもしなくなる。 彼も「ごめん」を置き去りにしたまま、わたしを少しずつ忘れていくのだろうか。 不意にそんなことを思い、別れてから初めて涙が出た。でもそれは、頬を打つ雨に紛れて溶けていった。
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