猫を拾わなかった話。

3/11
前へ
/11ページ
次へ
 自分達の置かれた状況をわかっているのかいないのか。こちらをじっと見上げる四つの丸く大きな瞳は、雨粒みたいにキラキラと澄んでいる。  思わず視線を逸らした。ああ本当に、どうして見つけてしまったんだろう。 「うちペット飼えないの。ごめんね」  伝わるはずもないのに謝ったのは、自分の心を軽くするためだ。  拾えばルール違反、見捨てれば罪悪感。かと言って、たとえば警察に相談したら、保健所で殺処分されるかもしれない。  結局そっと立ち去ることしかできないのだ。抱えなくていい罪悪感を抱えたまま。 「この傘、あげるから許して」  ビニール傘をダンボールにかざしてやり、わたしは足早にその場を離れた。もちろんただの自己満足だ。なんの解決にもならないのはわかっている。  振り返ることもできず、冷たい雨に打たれながら、もう一度心の中で「ごめんね」を呟く。  けれど──。  この罪悪感もきっと、雨がやむ頃には少し忘れてしまうのだ。そうしていつか、この出来事を思い出しもしなくなる。  彼も「ごめん」を置き去りにしたまま、わたしを少しずつ忘れていくのだろうか。  不意にそんなことを思い、別れてから初めて涙が出た。でもそれは、頬を打つ雨に紛れて溶けていった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

59人が本棚に入れています
本棚に追加