猫を拾わなかった話。

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***** 「それはさ、防衛本能ってやつだと思うよ」 隣の席のチャッキーは、ゆっくりと静かにそう言って、カクテルグラスを傾けた。ブルームーンという名前らしいけれど、どうみてもすみれ色だ。 「防衛本能? どういう意味すか?」 わたしが聞き返す前に、カウンターの向こうのリョータが、さりげなく灰皿を変えながら尋ねる。 「なにもかも抱えてたらパンクする。いろんなこと忘れるのは防衛本能ってこと」 長い前髪を掻き上げ、チャッキーは目を細めて笑った。彼にも抱えきれずに忘れてしまったことがあるのだろうか。 顔見知りというだけで、わたしはチャッキーのことをなにも知らない。何故チャッキーと呼ばれているかさえも。ここはそんな場所だ。 話題なんてなんでもよかった。さっき猫を拾わなかった話を、バーテンのリョータになんとなく零した。 「まあ、罪悪感とか言ってても、どうせそのうち忘れるんだけどね」 わたしがそう言ったら、隣の席のチャッキーが会話に入ってきた。それだけ。 わたしは今、いきつけのバーにいる。と言っても、飲みに来たのは約一ヶ月ぶりだ。来店するなり、リョータに「ご無沙汰っす」と迎えられてしまった。 雨に濡れた体をシャワーで温めたのに、わたしはわざわざメイクをし直して、再び冷たい雨の街に繰り出したのだ。誰かと無性に話がしたくなったから。
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