猫を拾わなかった話。

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こんなに人恋しくなったのは、きっと、さっき子猫達にうっかり話しかけてしまったせいに違いない。挨拶以外の自分の肉声なんて、久しぶりに聞いたのだ。 仕事は通信会社の派遣社員。黙々とデータを入力するだけで、誰と話をすることもない。唯一の話し相手だった同期の女性は、前回の派遣契約更新を断り職場を去った。 だから、彼と別れてから今日まで、誰かと日常会話というものをした覚えがない。週に二度は必ず顔を出していたこの店にも、全く寄り付かないでいたせいで。 「あー、わかる気する。全部覚えてたらいろいろトラウマになりそっすよね。……あ、ユッコさん、次なに飲みます?」 リョータがわたしのグラスを下げながら尋ねる。「同じものを」と答えてからタバコに火をつけ、仄暗い店内に視線を泳がせた。 客は今、わたしとチャッキーと、カウンターの少し離れた場所に女性がひとり。そちらは店長が相手をしている。 背後にいくつかあるボックス席には珍しく誰もいない。いつも電子音が鳴り止まないダーツも、今日は沈黙したまま。駅から少し離れたこの店は、昔から悪天候にすこぶる弱い。 今夜が重い雨だから、やっと来られたのだ。 ここに来なかったのは、家でテレビを付けない理由と同じだ。陽気に賑わう様子は、わたしをより一層孤独にさせる気がしたから。
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