21人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
・・
ホームのベンチで始発の電車を待つ間、千波は部屋を出る前に目を通した西川からのメッセージを改めて読み返していた。
『飲み会楽しかった? 二日酔いじゃなさそうだったら、今日会わない?』と、夜中のうちに届いていたのだった。
前回会ったのはもう、二週間も前になる。
昨日まではたしかに、飲み会での出会いを期待するよりも、西川からの連絡を心待ちにしていた。
それなのに……
千波はスマホを手にしたまま、いつまでも返事を打てずにいた。
悟とあんなことがあったのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
だけど普段なら、そんな時こそ西川を必要としていたはず。
全部吐き出して、癒やされたいと思っていたはずなのに……
千波は到着した下りの各駅停車に乗り込むと、車両最後尾の座席に腰を下ろし、頭も心も整理のつかないまま、メッセージの返事を打った。
『朝早くにごめんね。私も会いたい。急で申し訳ないんだけど、6時頃駅に迎えに来てもらうことできる?』
送信するとすぐに既読になり、
『了解! 南口のロータリーで待ってるね』
という、西川からの返事が表示された。
千波は『ありがとう』のスタンプを送ってスマホをバッグにしまうと、灰色の床にぼんやりと視線を落とした。
二人の関係を完結に表現するならばたしかに、 “ 不倫 ” という言葉になってしまうのだろう。
だけど西川は、今まで出会った誰よりも自分を理解して、大切に思ってくれた人。
子どもっぽい見た目も不器用で頑固な性格も、まるごと受けとめて可愛いと言ってくれる、特別な存在。
だから決して奥さん以上にはなれないとわかっていても、それでも傍にいたいと思ってしまった。
西川との関係を続けていても、恋愛はできるつもりでいたから。
そして運命の人に出逢えたら、その時にはちゃんと、別れられるつもりでいたから。だけど……
どんなに出会いを重ねても、無意識に西川と比べてしまう自分がいた。
そのせいで、相手の足りないところばかり、目についてしまう。
そして誰にも恋愛感情を抱くことができないまま、二年も経ってしまっていた。
結局……
西川との関係を続けている限り、運命の人になど出逢えない。
わかっていながら、目を背けてきた事実。
だけどもういい加減、受け容れるべきなのだろう───
考えただけで胸が押しつぶされそうになり、千波は慌てて頭を深く下げた。
そして、こみ上げてくる涙を閉じ込めるように、両目を固く閉じた。
電車は定刻通り5時43分に、地元の駅に着いた。
千波は電車を降りるとホームのベンチに腰を下ろし、一応悟にメッセージを送っておくことにした。
『顔合わせづらいから、先に帰りました。お金は今度返すねっ』
すぐに顔を合わせるのは気まずいからと、先に出てきてしまったけれど。だからと言って、これっきりにしたい訳ではない。
“ 今度 ” という言葉にそんな気持ちを込めたつもりだが、果たして悟は察してくれるだろうか。
不安に思いつつ送信ボタンを押すと、千波はスマホを手にしたまま立ち上がった。
そしてそのままホーム中央の階段に向かって歩いていると、程なくして手のひらに、メッセージの受信を知らせる震動が伝わってきた。
千波は階段を下りた所で壁際に移動すると、緊張しながらメッセージを開いた。
するとそこには一言、『ありがとう』とだけ書かれていた。
ちゃんと伝わったのだな、とほっとした一方で、なんだか悟だけが苦しさから解放されたような、不公平さを感じた。
千波はしまいかけたスマホをもう一度開き、
『だから許してないってば!』
という言葉とほっぺたを膨らませたネコのスタンプで釘を刺すと、改札口に向かって歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!