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 ホームのベンチで始発の電車を待つ間、千波は部屋を出る前に目を通した西川からのメッセージを改めて読み返していた。 『飲み会楽しかった? 二日酔いじゃなさそうだったら、今日会わない?』と、夜中のうちに届いていたのだった。  前回会ったのはもう、二週間も前になる。 昨日まではたしかに、飲み会での出会いを期待するよりも、西川からの連絡を心待ちにしていた。 それなのに……  千波はスマホを手にしたまま、いつまでも返事を打てずにいた。  悟とあんなことがあったのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。 だけど普段なら、そんな時こそ西川を必要としていたはず。 全部吐き出して、癒やされたいと思っていたはずなのに……  千波は到着した下りの各駅停車に乗り込むと、車両最後尾の座席に腰を下ろし、頭も心も整理のつかないまま、メッセージの返事を打った。 『朝早くにごめんね。私も会いたい。急で申し訳ないんだけど、6時頃駅に迎えに来てもらうことできる?』  送信するとすぐに既読になり、 『了解! 南口のロータリーで待ってるね』 という、西川からの返事が表示された。  千波は『ありがとう』のスタンプを送ってスマホをバッグにしまうと、灰色の床にぼんやりと視線を落とした。  二人の関係を完結に表現するならばたしかに、 “ 不倫 ” という言葉になってしまうのだろう。 だけど西川は、今まで出会った誰よりも自分を理解して、大切に思ってくれた人。 子どもっぽい見た目も不器用で頑固な性格も、まるごと受けとめて可愛いと言ってくれる、特別な存在。 だから決して奥さん以上にはなれないとわかっていても、それでも傍にいたいと思ってしまった。  西川との関係を続けていても、恋愛はできるつもりでいたから。 そして運命の人に出逢えたら、その時にはちゃんと、別れられるつもりでいたから。だけど……  どんなに出会いを重ねても、無意識に西川と比べてしまう自分がいた。 そのせいで、相手の足りないところばかり、目についてしまう。 そして誰にも恋愛感情を抱くことができないまま、二年も経ってしまっていた。  結局…… 西川との関係を続けている限り、運命の人になど出逢えない。  わかっていながら、目を背けてきた事実。 だけどもういい加減、受け容れるべきなのだろう───  考えただけで胸が押しつぶされそうになり、千波は慌てて頭を深く下げた。 そして、こみ上げてくる涙を閉じ込めるように、両目を固く閉じた。  電車は定刻通り5時43分に、地元の駅に着いた。 千波は電車を降りるとホームのベンチに腰を下ろし、一応悟にメッセージを送っておくことにした。 『顔合わせづらいから、先に帰りました。お金は今度返すねっ』  すぐに顔を合わせるのは気まずいからと、先に出てきてしまったけれど。だからと言って、これっきりにしたい訳ではない。 “ 今度 ” という言葉にそんな気持ちを込めたつもりだが、果たして悟は察してくれるだろうか。  不安に思いつつ送信ボタンを押すと、千波はスマホを手にしたまま立ち上がった。 そしてそのままホーム中央の階段に向かって歩いていると、程なくして手のひらに、メッセージの受信を知らせる震動が伝わってきた。  千波は階段を下りた所で壁際に移動すると、緊張しながらメッセージを開いた。 するとそこには一言、『ありがとう』とだけ書かれていた。  ちゃんと伝わったのだな、とほっとした一方で、なんだか悟だけが苦しさから解放されたような、不公平さを感じた。  千波はしまいかけたスマホをもう一度開き、 『だから許してないってば!』 という言葉とほっぺたを膨らませたネコのスタンプで釘を刺すと、改札口に向かって歩き出した。
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