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「まぁ俺も別にどっちでもいいんだけどさ、立ってるとまた、行きみたいな壁ドン状態になるんじゃない?」
笑いを噛み殺しているような悟の表情に、行きの車内での失態が思い出された。
新宿駅が近づくにつれ密度が増す車内で、やっと空いた目の前の席を千波は意地を張って悟に譲った。
辛うじて指先がかかるつり革につかまり、どうにかバランスを保って立っていたけれど。駅に滑り込む手前のカーブでバランスを崩した背後のおじさんに背中を強く押され、つり革から手が離れてしまった。
その結果、悟の顔を挟む形で窓に両手をつくことになってしまったのだった。
「あれ知らないおっさんにやっちゃったら、気まずくない?」
まさに壁ドン状態だったし、相手が悟でも十分気まずかった。ぷっと吹き出した悟の息が首筋を掠めた感覚を思い出して、千波は頬が熱くなるのを感じた。
返す言葉が見つからず仕方なくコクリと頷くと、悟は満足したように笑顔で大きく2回頷いて、じゃあ、と当然のことのように千波の手首をつかんだ。
「な、なに?」
千波が慌てて手を振り払うと、
「えっ? はぐれないように」
と悟は、なんでもないことのようにさらりと答えた。
「いいよ、小学生じゃあるまいし」
思いも寄らない悟の行動に動揺したものの、それを悟られるのも癪なので、千波はいつもの調子で言い返した。
「身長は、小学生並みだけど?」
「失礼だなぁ。中学生くらいはあります!」
「おいおい。26にもなって、中学生って…… いや、でもこのちんちくりんなショートヘアはやっぱり、中学生か」
悟は150センチほどしかない千波の頭をぽんぽん叩いて、笑った。そんな代わり映えのないやり取りに、千波はわざとらしく大きなため息をついた。
「ん?」
「ホント成長してないよね、こういうやり取り。悟といると、いつまで経っても中学生のままだわ」
千波は大袈裟に肩をすくめて見せた。
「なにそれ」
「だってそうでしょ? さっきだって、チビチビって悟が挑発するから……」
千波は飲み会の席でのことを思い出して、口を尖らせた。
「別に挑発なんてしてないし。見たままを言っただけじゃん」
「わかってるよ。ムキになっちゃう私が馬鹿なんだってことくらい」
「そうそう。本当の大人っていうのはさ、そういうのを上手く聞き流せるの」
「はぁ? そっくりそのまま返すよ。本当の大人ってのはね、あんなデリカシーのないこと言わないから」
「そっか」
悟はへらへらと他人事のように笑っている。
「あーあ。洋介くんたちにだって、子どもの喧嘩みたい、って笑われちゃったし。恥ずかしいったらなかったよ」
「なっ。せっかく俺が飲み会セッティングしてやったのに」
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