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「裕子ちゃんがいなくなってわかったんだ。これ以上自分の気持ちを隠すのは無理だって」
「なんで裕子が関係あるのよ」
「だって会う約束ができたの、8ヶ月ぶりだよ? 俺から誘ったって、裕子ちゃんがいなけりゃ、会うことすらできない」
「当たり前でしょ? 彼女がいる人となんて、二人きりで会えるわけないじゃん」
「だろ? 友だちってだけじゃ、気軽に会うことすらできない。思ってたよりずっと遠かったんだって、思い知らされた」
千波の眉間に小さなシワが出来るのを見て、だから……、と悟は続けた。
「もっと会いたいし、誰よりも近くにいたい」
「えっ……」
「……って。そういう言葉を言っても、許される存在になりたい。そういう思いが強くなってった」
そう言い切って真っ直ぐに見つめると千波は、
「そんなこと言われたって……」
と小さく呟いて、視線を逸らした。
また思い切り反論されることを覚悟していた悟は、千波のその反応に戸惑った。
これはもしかしたら、少しは気持ちの変化があったということなのだろうか。
少しは本気だということが、伝わったのだろうか……
どこか懐かしさを覚える千波の表情に、悟は微かな希望を感じた。
「……男紹介しろ、って」
「えっ?」
「あぁ、今日の飲み会の連絡くれた時にさっ」
「別に男紹介してなんて、言ってないけど。それがなに?」
「うん…… 裕子ちゃんの送別会した時、西川と別れたって言ってたけどさ、今でも彼氏いなかったんだなってわかって、ほっとした」
「うるさいなぁ。簡単にできてたら、悟になんて頼んでないよ」
いつもの千波らしい返しに、悟はくすっと笑って続けた。
「だからさ、これが最後のチャンスだと思ったんだ。やっぱり一度くらいちゃんと、告白したかった」
そう言ってもう一度真っ直ぐに見つめると、千波はなにも言い返すことなく、ただ小さく頬を膨らませた。
「なのにまさか、西川とまだ続いてたなんてな……」
「だからそれは……」
西川と続いている可能性など、まったく考えてもいなかった。
だから駅のホームで聞かされた時は、気持ちのコントロールができなくなるほど、悔しさと怒りが込み上げてしまった。
もしもあのまま帰っていたら、きっと告白することも諦めていただろう。
報われないとわかっているにも関わらず、ここまで続いていたのだから、千波にとって西川の存在は、それだけ大きなものなのだろう。
だけど千波もこのままでいいとは、思っていないようだったし。
きっかけさえあれば、今度こそ本当に、終わらせることができるのかもしれない。
今夜のことはその、きっかけにはならないのだろうか……
悟はちらりと千波の表情をうかがった。
「な、なによ」
一瞬目線を上げた千波は、ばつが悪そうに口を尖らせ、またすぐに目を逸らした。
そんな風にして見せるのは、めずらしいことではないはずなのに。
なぜだかまた、甘酸っぱい感情がよみがえってきた。
そう、それはまるで……
中学生の頃、不意に視線がぶつかった時に見せたような、少し緊張感を含んだ照れ隠しの表情。
千波がそんな表情をしていたことなどすっかり忘れていたはずなのに、一瞬で当時の淡い気持ちがよみがえっていた。
久しぶりに見せたその表情に、やはりなにか、千波の心に変化があったのだと思えた。
なんにしても千波にも、西川と別れるための時間が必要だろう。
すぐに答えを出せるようなことではなかったことに、悟はようやく気がついた。
「……勝手なことばっか言って、困らせて悪かったな」
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