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・成長できないふたり・
「ねえ! もっとゆっくり歩いてよ」
大股で前を歩く悟のTシャツの裾を、千波はやっとのことでつかまえた。
週末の新宿駅。23時を過ぎているというのに相変わらず人で溢れていて、小柄な千波はまともに歩くことすらできない。
どんどん離れてゆく背中を見失わないように小走りに追いかけて、どうにかTシャツの裾に指先が届いた。
「……悟はデカいからわからないかもしれないけど、チビは視界が狭いの! 人混みをそんな速さで歩けないよ」
いつものようにわざと意地悪くして楽しんでいるのだろうと感じた千波は、190センチ近くもある長身の悟を睨み上げて、わざときつめの口調で言った。それなのに。
腕時計を確認した悟はそのままその手を後頭部に回して、「悪い、考え事してた」と申し訳なさそうに頭を掻いた。
その予想とは違う悟の返答に、すでに臨戦態勢に入っていた千波は言葉に詰まった。
意地悪のつもりではないらしいから、文句を言うのは違うか。
でも一緒にいるのに忘れるなんてやっぱり、怒るべきなのか……
などと千波が口を尖らせたまま考えをめぐらせていると、
「……でもちょっと急いだほうがいいかも」
と悟は焦れたように言いながら、千波の腕をつかんで柱の傍まで移動した。
「えっ、もしかしてもう終電?」
「いや、そうじゃないけどさ。でも座れたほうがいいだろう?」
悟は真顔で瞳を覗き込むと、気づかうように問いかけた。
今夜はなぜか、こんなことが何度もあった。半年以上会っていなかったから違和感を覚えるだけなのかもしれないけれど。こんな扱いをされるのはなんだか居心地が悪い。
居酒屋の前で洋介たちと別れてからほとんど走りっぱなしだったせいか、軽い眩暈と吐き気を感じていたけれど、
「別にどっちでもいいけど」
と悟に判断を委ねて、千波は視線を逸らした。
だけどその視線の先を足早に通り過ぎてゆく人の波を見て、すぐに後悔した。
急行はこの時間でも、かなり混んでいるはず。素面でも厳しいのに、こんな状態で耐えられるのだろうか。
千波は不安になって、眉間に小さくシワを寄せた。
そんな千波の表情に気づいた悟は、
「ホントに? でもめちゃくちゃ混んでると思うよ?」
と助け船を出した。
それなのに千波は素直に受け入れられず、そっぽを向いたままで
「だからどっちでもいいってば」
と突っぱねてしまった。
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