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『ひかる君』
『忘れたくない』
『会いたい』
なにこれ……バス停の落書き?
私、書いた覚えないけど。
それに、バス停の落書きは『光』『会いたい』だっだ。
「忘れたくない、って何。ひかる君って誰なの」
でも、どうしようもなく切ない、悲しい、泣きたい。
そんな感情が胸の内をグルグル渦巻いた。
♢
バイト上がり、きやまが声をかけてきた。
「おりかわさん、お疲れ様」
「お疲れ様」
やっぱり笑顔は向けられないけど、不快感はなかった。最近はチャラい言動もないし、仕事はやり易いから、個人的な感情を除けばいい仕事仲間と言える。
きやまの顔から視線をずらした先の窓に、雨粒が跳ねるのが見えた。
雨だ!
このところ快晴続きだったから、貴重な雨だ。
私の身体は考えるより先に駆け出していた。
「え、おりかわさん?」
辺りは真っ暗だ。夜の雨は淋しくてひんやりして、少し怖い。
暗いから雨粒の音ばかりが耳につく。天から落ちた雨が地面をたたきつける音だ。
――音?
ザーッという雨音、周囲の木や屋根にたたきつける音。
こんなにうるさかった?
でも、私はひかる君と会話していた。
声を張り上げる事なく、言葉は耳に届いていた。囁くように話していた。
互いの声を聞き返したりしなかった。
――どうして?
こんなに雨音がうるさい中で、どうして会話ができたの?
本当に私はひかる君と話したの?
――夢だったの?
今すぐバス停に行きたかった。
ひかる君と出逢った、学校近くのあのバス停に。
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