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「君は、ひかりちゃん?」
私が頷くと、「俺は、ひかるって読むんだけどね」と言った。
「ひかる、君?」
「そう」
彼の声を聞いていて、綺麗な声だな、と思った。男子に対してあまり使わない表現かもしれないけど、柔らかくて、穏やかな話し方が大人っぽくて、好感がもてる。
「雨、やみそうもないね」
「うん。……梅雨、明けたのにね」
私は透明のビニール傘越しに空を見上げた。
上空は厚い雲に覆われて、私達めがけて雨粒を一斉に落としている。
「あ、バス来たよ」
彼の声に、私は反対側の道路に視線を向けた。信号待ちで停車しているオレンジ色の四角い車体が見えた。
「雨の日に遅れないで時間通り来るなんて珍しいな。――ひかる君は、どこで降りる……」
私の隣にいたはずの、ひかる君がいなかった。
バス停の左右を見渡しても姿はなくて、誰もいなかった。
「あれ……?」
挙動不審な動きの私の前にバスが停車し、乗車ドアが開く。ハッと我に返り、急いでICカードを取り出した。
「ひかるくん、学校に忘れ物でも取りに戻ったのかな」
言いながら、私はバスに乗り込んだ。
「ふう」
座席に座り、一息つく。ガラス窓の向こうは、雨粒が大きくなっているようだった。明日も雨だろうかと考え、ふと思い出した。
「私、さっき誰かとしゃべっていたっけ」
そんな気がしたけれど、それは教室でのことかもしれない。なんだか頭がぼうっとして、浅い眠りから覚めたばかりみたいな感じもするし。
「最近疲れてるし、気圧のせいかな」
本来能天気な私は、気にも留めずバスに揺られた。
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