傘越しに君と

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 先にレジに入っていたのは、バイト仲間で一番会いたくない人物だった。シフトが重ならないよう避けてきたのに、ろくに確認せず入れてしまったようだ。  私は他の従業員に挨拶しながらレジの準備をした。 「あ、おりかわさん、おはよう」 「……ざーす」 「あれ? よく聞こえないよ、ちゃんとはっきり言おう? 挨拶は基本だよ」  大袈裟に眉を八の字にしてじっと見つめてくる相手を無視して、私は先頭のお客様に声をかけた。 「大変お待たせしました、こちらのレジへどうぞ」  まだ視線を感じたけど、私は黙々と手と口を動かした。  ほんとに苦手だ。チャラチャラした、いかにも遊び人の大学生。  ――……かる君みたいな、穏やかに話す人がいいな、私は。  ――って、え? 今誰のこと考えた?  たった今、その人を思い出してほっこりした気持ちになれたのに、次の瞬間忘れるなんて。……どういうこと?  「ねえちょっと、急いでもらえない?」  会計待ちのお客さんが言った。私の手が止まっていたようだ。 「あ、申し訳ありません!」  私は慌てて背筋を伸ばした。 「おりかわさん、今日調子悪いの? 大丈夫?」 「平気です。少し寝不足なだけですから」  苦手なヤツでも、心配してくれた相手を無視するわけにはいかないから、無難に応えた。するとわかりやすく嬉しそうな顔をされた。 「ねえ、下の名前教えてよ」 「……個人情報は簡単に売りません」 「えっ、買わなきゃだめなの?」 「だから、教えない」 「え~……」  チャラ男の名前は『きやま』だ。
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