第一話「出会い」

1/1
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ

第一話「出会い」

 真っ白な雪が暗闇を埋めていくなか、格納庫に眠る十数機のF―P3が、自らの出撃をひっそりと待ちわびていた。  二十一世紀半ばに登場した国産初の戦闘機F―3を改良して、垂直での離着陸を可能したのがF―P3である。  軍事評論家の間では、世界最強のステルス戦闘機だと評されている。 「時は熟したぞ! これより国家の中枢である、永田町の制圧にかかる!」  まるで五年前のあの頃を思い起こさせるような、希望に満ちた元気いっぱいの声。  その堂々たる少女の声は、マイクを通さずとも、広大な地下空間に響き渡っていった。  ここはシェルターのごとく厚いコンクリートに囲まれた、入間基地の地下五階。  この空軍司令部に集まったは軍人はおよそ二百名。彼等は固唾を飲んで、檀上で語る女性航空幕僚長の雄弁に耳を傾けていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  時はさかのぼり、四年前の2095年。  晴れて大学生になった僕は、海鮮居酒屋で一人飲みを決め込んでいた。 「進学おめでとう……ボク」  五席が連なるカウンターの一番端っこで、僕はビールジョッキを片手に、ラノベを開いていた。他にカウンター席の客はいない。  プレミアムフライデーという事もあり、テーブル席は満席だった。背後からは男女の楽しそうな談話や、笑い声が聞こえてくる。  読んでいたラノベに飽きてきたころ、僕の一つ空けた隣の席に、ひとりの客が腰を下ろした。  背丈は小さく細身で、白い襟のついた水色のワンピースを着ている。髪は黒くショートカットで、なぜか黒いサングラスをかけていた。 「…………?」 「おやじ、生姜焼き定食!」 「喜んで!」  おやじ呼び? それもなぜ海鮮居酒屋で生姜焼き定食なの? 僕は心の中で突っ込まずにはいられなかった。 「はい、お待ちー」  大将の威勢のよい掛け声が店内に響きわたる。ピンク色のエプロンをしたアルバイトの女性が、彼女の前に生姜焼き定食を置いた。  そして彼女はその生姜焼き定食を、ガツガツと頬張りはじめた。  サングラスをかけているため顔は伺えないが、その食べ方や仕草、体形や服装から推測して、大人のレディには見えない。彼女はここへ、生姜焼き定食を食べるためだけに訪れたのだろうか? それもひとりぼっちで。 「おい、そこのヒョロヒョロしたおまえ、さっきからなにこっち見てんだよ!」  彼女は急に箸を止めたかと思うと、口の中から飯粒を飛ばしながら、隣りの僕に突っかかってきた。 「あっ、ごめんなさい。ちょっと気になっちゃって」  そう言って僕は彼女に笑顔を向けた。そんな僕の反応に、彼女はオロオロしながら答える。 「な、なんか変だったか?」 「ううん、変じゃないけど……どうして海鮮居酒屋で生姜焼き定食なのかなって?」  彼女はうしろを振り向き、他の客たちのテーブルを見渡しはじめた。 「ムムム……お、おやじ! 酒だ酒!」 「お酒は何にします?」 「なんでもいい! いいから持ってこい!」 「喜んで!」  切れぎみの彼女と元気のいい大将の、不釣り合いなやり取りがつづく。そして彼女はふたたび、僕に目を向けた。 「(どうだ!)」  彼女は勝利の微笑みを浮かべていた。  しばらくすると先ほどのアルバイト店員が、一合枡にのった冷酒グラスを彼女の前へと置いた。 「こちらのお酒でよろしいでしょうか。山形の希少酒でございます」 「うむ」  店員は十四代と書かれた一升瓶を傾け、グラスにこくこくと注ぎはじめた。酒は冷酒グラスから溢れ出し、その下の一合枡を埋めていく。  彼女はいまにも溢れんばかりの十四代を、こぼさないようグラスに唇を近づけていく。 「おえっ、なんだこれは。腐ってるのか?」  かわいい唇がへの字に曲がった。 「ひょっとして、あなた。お酒を飲むのは初めてなの?」  思わず僕は口を挟んでしまった。 「うるせーなぁ、なんだ? その女みたいなしゃべり方は! てめえには関係ないだろ!」  彼女の負けず嫌いの心に、僕の言葉が火を付けてしまったようだ。彼女は一気に冷酒グラスを空けてしまった。 「大丈夫ですか?」  彼女はカウンターに伏してしまった。その弾みで顏からサングラスがはずれ、床に転げ落ちた。 「中学生?」   まだ彼女の顔には、あどけなさが残っている。肩にかかったピンク色のポシェットからは、赤い生徒手帳が顏を覗かせていた。  飲みはじめてからまだ一時間。あかね色に染まった西の空は、まだ明るさを残している。    僕は眠ってしまった彼女を背負って、生徒手帳に書かれた住所まで送ることにした。残念ながらアニメでよくある、おんぶした時に感じる背中越しの柔らかい感触は、彼女からは微塵も感じることができなかった。 「大将、おあいそお願いします」  僕の背中では、彼女が気持ちよさそうに寝息を立てている。 「へい、二人分で五千円丁度になります」  十四代……飲みたかったな。僕は二人分の料金を支払い、彼女を背負ったまま居酒屋をあとにした。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!