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プロローグ
あの忌まわしい事故が起こったのは、ちょうど今のような桜舞い散るこの季節だった。
うららかな春の日差しの中、私はいつも通りランドセルを背負い、友達と学校に登校している。見慣れた後ろ姿が視界に入り、私は顔を友達に気づかれない程度にしかめた。
幼馴染の鈴木亮太すずき りょうた。
私は彼のことがその当時嫌いだった。そもそも、性格からして相容れないタイプで大人しい私に対し、鈴木はスポーツが得意で少しやんちゃなクラスの人気者。
鈴木は毎日のように、教室で私をからかっていた。
がり勉、うじうじ虫⋯⋯。
彼に吐かれた暴言は一生忘れないだろう。
今の私なら、なんとか仕返しをすることができたのかもしれない。でも、当時の私にとったら鈴木はクラスの王様のような存在で、逆らうことがどうしてもできなかった。
だから、ひたすら顔に笑みを作り黙って耐えていた。
思えば、作り笑いが上手になったのはこの時期からかもしれない。
鈴木を視界に入れることすら嫌だった私は速足で鈴木の横を通り抜け、横断歩道を渡った。
それに気づいた鈴木が例のにやにやとした笑いを含みながら、私の後姿に声をかける。
「うわ~、挨拶もできないのかよ。このっがり勉」
その声に心はいつも通りきしむ音を立てる。無視して、さらに一歩を踏み出したとき、鈴木の横を歩いていた友人の焦るような声が聞こえた。
思わず、その声に振り返った瞬間、ニヤニヤしながら近づいてきた鈴木を高校生の自転車がはねた。
突然のことで頭が働かず、私はただ、自転車から放り出された高校生と、倒れてカラカラと音を立てながら車輪が回る自転車を呆然を見つめる。
そのあとの出来事は時間にしたら十分もないのかもしれない。けど、私には一時間にも感じられた。
人にぶつかって、自転車から投げられた衝撃はすごかったのだろう。苦悶の表情を浮かべ、わき腹を抑える高校生。
ぶつかられた衝撃で倒れ、すりむき、白い長靴下を血でにじませながら、ケガとは違う変な方向に曲がった足を抱え、声にならない悲鳴を上げる鈴木。
和やかな春の桜が舞い散るなか、一転してほんの少しのことでそこは地獄に変わった。
鈴木の友人の焦る声。通行人の心配する声。遠くから鳴り響く救急車の音。
そこからはよく覚えていない。
ただ、人が来るたびに、やじ馬が増えるたびに薄桃色の桜の絨毯が茶色に汚されていった。それだけは、はっきり覚えている。
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