1章

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「⋯⋯人がたくさんいる」  唖然とする鈴木に得意げに笑いかけた。 「ね? だから、言ったでしょう? 」 「すごいな⋯⋯。これ」 「だよね。私ここ好きなんだ。⋯⋯この辺りが京都で一番好き」 「それは、遠足で行った清水とかよりも? 」 「うん。清水寺も良いけど、人がたくさんいるから。こっちのほうが私は落ち着く」 「そうか⋯⋯。分かる気はする」  しばらく、ぼーっと眺めていると鈴木が歩き始めた。そのあとをついていく。  線路の間に四角い石が埋め込まれてあり、それを軽くジャンプして進む。たまに失敗して靴裏に感じる石が痛い。息が切れてきて、前を見ると鈴木が長い脚を利用して、普通に歩いていた。 「⋯⋯鈴木は良いなぁ」  誰に聞かせるつもりもない独り言のつもりだったが、前を歩いていた鈴木には聞こえていたようで、ぴたりと足を止め振り返った。 「何が? 」  その鈴木の顔は能面のようで、息が詰まった。  わずかに残っていた桜の花びらが風で舞う。  その桜色と鈴木の黒髪で見えなくなった表情を見て、失敗したと思った。これは言ってはならないことだったのに。  普通の高校生の男女なら、良いなという相手をうらやむセリフは許容され、言われた相手は少し照れたようにはにかむのだろう。  でも、私たちにそれは成立しない。当たり前のような普通の言葉は、当たり前ではないのだ。
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