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「雨が止んだら……」
そう彼は言って、ここ数年で最も穏やかな、慈悲深くさえある笑顔を浮かべた。
「君もどこかに逃げないか? 1人だと、どうも生き辛いんだ」
随分と久々に、本音を吐露した。
他人に興味がないなどと、最早言ってはいられない。孤独は孤独だし、苦痛は苦痛で、寂しさはやはり、寂しさだった。偽れる筈もなかった。
それに何より、そうやって偽ることが彼女の為にならないのだと、彼女自身が訴えていた。なればこそ、それに従うのが賢明だった。
しかし、少女は目を丸くしたまま、すっかり唖然としている――全く、自分で言った癖に。
「僕と――あるいは1人でここを離れるか、隠居生活を続行するか、選びな」
非常に強引な話し口で論理の破綻を押し切り、選択肢だけを提示する。重要なのは、何を選ぶかではなく、何かを選ぶことだ。それさえ出来ないのなら、生きている意味がない。
しかし正直なところ、青年は少女と共に歩きたいだけのことだった。追放されて尚、他者への関心、思いやりが尽きない少女に、彼はこの上ない興味を抱いていた。
件の少女は、豆鉄砲でも食らった鳩のような顔で、死にかけの魚のように口をパクパクとしていたかと思えば、子犬みたいに従順に頷く。
「……どういうことだ? それは」
「あの、えっと、あぁ、はい……」
口下手な面をまるっきり露出させて、少女が困惑しきった視線を青年に向ける。苛んでいるのは彼なのに、また助けを求める相手も、青年だった。
その姿が、何だか並外れて哀しく見えた。状況に不釣合いなくらいに。
「……き、決めるのは」
意を決したように、少女が口を開いた。
「決めるのは、明日でも?」
一拍置いてから微かに笑い、青年がうんうんと首肯する。言い出すのが突然過ぎたことは、十分に自覚していた。変に動揺して、逃げられなかっただけましだ。
――あるいは、もっと酷いことになるより。
「……じゃあ、明日まで眠るとするか」
「え? それは……って、え? 出来るんですか?」
「当然だ。自分以外への興味を失くすことが、僕の特技だからな。眠りなどは、その手段の最たるものだろう?」
そう言って彼は寝転んで、やがて、本当に眠ってしまった。やはり、恥らいを誤魔化す為のことでもあったが、眠るのが得意なことは事実だった。
「お休みなさい」という声が、どこか遠くから聞こえてくるようだった。
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