ピンクベージュを、下唇に。

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 彼女に物心がついたのは4歳の頃だった。  ――おとうさん。  彼女は、ソファに座ってテレビを見る父親に呼びかける。  父親は振り向かない。  ――ねえ、おとうさん。  彼女は呼びかけるが、父親は動かない。    ……どうして?  何故父親は自分を無視するのか、彼女は意味が分からなくて涙が零れた。膝から崩れて、尻餅をつく。  すると、父親が振り向いた。   「どうした理香(りか)! 転んだのか?」    慌てて駆け寄る父親の心配そうな声が響く。テレビの中で笑い声がする。  自分の泣き声は、聞こえなかった。
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