5話 マーキング

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5話 マーキング

 私のものになれーー  そう囁く魔王の顔が、キスしてしまいそうな距離にある。  瑠璃は慌てて魔王の体を手でぐいと押しやった。 「なっなっ…何言って……!」  魔王から目を逸らし狼狽する瑠璃の体がふわりと浮いた。  魔王に抱きかかえられていた。これはいわゆるお姫様抱っこ…?  瑠璃は恥ずかしくなりじたばたと暴れる。 「お、降ろして! 降ろしなさい!」 「うるさい」 「あっあなたが勝手にするからでしょ!」 「……キスで口を塞がれたくなかったら、少しは黙っていろ」 「っ……!」  瑠璃は黙るしかなかった。  悔しいけれど魔王に抱き抱えられたまま城の中に戻る。  連れられた部屋は、自分が昨晩過ごした部屋とは違う部屋だった。  今度の部屋はさらに広く、キングサイズのベッドに高級そうなソファ。  細かい細工が施されたテーブルなど、とにかく豪華だった。 「ここ、どこ?」 「私の部屋だ。」 「えっ…?」  魔王の部屋ーー?  やっとお姫様抱っこから解放され、ふかふかのソファに座らされる。 「もう痛まないか?」  視線を足に向けられて気づく。言われてみれば、足の怪我はきれいに治っていた。  もしかしてさっきのキスで…? 魔王の唇が自分の足に触れたことを思い出し、顔に熱が集まるのを感じた。 「治してくれたなら…その、ありがとう…」 「今後、勝手な行動はするな」  瑠璃は、何で私が悪いみたいになってるのよ! と怒り出したい気持ちをなんとか抑えた。  多少なりとも自分の行動が迷惑をかけてしまった自覚はある。さっきは本当に怖かった…。 「そういえば…あの庭師の人、どうなったの? どうして急に態度が変わって――…」 「あの男は、お前の匂いに狂ったのだ」  また、”匂い”――。  瑠璃は自分の胸に嫌なざわつきが広がるのを感じた。 「お前の闇の力は濃すぎるのだ。力の制御が出来ていないせいで体中から闇の力が溢れだしている。魔物にとって甘く、引き寄せられる匂いを発して――」  そうだ、キバも言っていた――  ”魔物たちはご主人に出会ったらメロメロになって、攫って自分だけのものにしようとするかもしれない”  そんな匂いが備わってしまっただなんて、なんて厄介なのだろう。  自分ではまったくわからないだけに質が悪い。 「あなたは、私の匂いを嗅いでも何ともないの?」 「私は魔物の中でも最上位だからな。下位の魔物はお前のその膨大な力に当てられて、お前のその力を手に入れたくて気が狂う」 「私にそんな力があるなんて…まだ信じられない」 「私もお前の存在が信じられない。お前は何者だ? どこから来た」  魔王が私に近づき、髪に触れる。  ゆっくりと髪をときながら、見つめられた。 「黒髪はこの世界では特別なのだ。私以外にこのような黒を持つものは見たことがない」  そういえば…と瑠璃は自分とキバを襲ったあの人間たちが、黒髪を見て驚いていたのを思い出した。前の世界では普通だったけど、ここでは珍しいのかもしれない。  魔王も、とても美しい艶のある黒髪をしている。 「……私は、1週間前、突然この世界に来ていたの。死んだと思ったら森の中に倒れていて、この黒髪の姿になっていた。なんでこんなことになってしまったのか私にもわからない」 「一度死んだ? ……そうか、お前は転生してきたのか」 「転生?」 「稀に異世界から、異世界の記憶を持ったままこの世界に生まれ直してくる者たちがいる。その者たちは大抵特別な力を持った人間で、各国で重要な役割についている」  自分の他にも同じような人たちがいたことに感動する。会ってみたい、話を聞いてみたい…!  でも自分だけおかしな力が宿っているようでなんだか納得ができない気もした。 「ねえ、私の力ってどうにか制御できないの? 自分ではどうしたらいいかわからない…。私、最初に私を世話してくれたキバのところに帰りたいの。だから…!」  そこまで言いかけたところで、瑠璃はソファに倒れた。  部屋の天井と、魔王の顔が見える。魔王に押し倒されているような体勢になっていた。 「ちょっ…えっ…?」 「制御する方法を教えて欲しいのか?」  ギシ…とソファが軋み、魔王の顔が瑠璃の顔の間近に迫った。 「簡単だ。私のものになれ」 「わ、私のものになれって…」 「強い魔物のマーキングされれば、それより下位の魔物はお前に手を出せなくなる。昨晩のキスで少しはマーキングの効果があったかと思ったが、足りなかったようだ」  ――キバも言っていた、マーキング。キバとは毎日ずっとくっついててキバの匂いでマーキングされてたって言ってたけど… 「昨日みたいなキ、キスするってこと…?」 「言っただろう。キスでは足りない」  魔王は押し倒しながら、瑠璃の胸のリボンを解いた。 「契りを交わすのだ。私の子を成せ」  子を…成す?  3秒ほど固まってしまう間にどんどん服が脱がされて、()()()()()()だと気づき、真っ赤になって慌てて魔王の胸を押しやった。 「やっ…そんなのダメ! そういうのは好きな人とじゃないと…!」 「好き…とは?」  聞きながらも首筋にキスを落とされ、そのままつつ…と魔王の舌が肌を這った。  変な感覚がして思わず、ひゃっと甲高い声が飛び出してしまう。 「やはりお前は体も甘い」 「まっまって…やだっ…! す、好きっていうのは…恋愛感情のことよ。あなただって誰でもいい訳じゃないと思うし…」 「何を言ってるのかわからないが、お前にマーキングする男に私より適任はいない。それに私も、お前の持つ闇の力が欲しい」 「なっ…なっ…」 「お前は、私の子を成すものにふさわしい…」 「さいっ…てい…!」  バシッ!  頬を思い切り叩いてやったつもりだったが、魔王の手に止められた。  叩けなかったことが悔しくて、足をじたばたさせる。 「暴れるな。縛りつけられてされたいのか?」 「こっの…!」  思い切り魔王の頭に自分の頭をぶつけた。  ガツン!いい音がしたので命中したようだ。自分も痛いが仕方ない。  瑠璃はそのままソファから転げ落ち、ドアまで走って部屋を出る。  振り返らないまま、「バカ!最低!」と捨て台詞を叫んでとにかく走った。  ソファに残された魔王は軽く頭を押さえながらため息をついた。 「じゃじゃ馬め。何が不満なのだ…ベルフェゴール。いるか?」  呼ばれたと同時にふっと背後からベルフェゴールが現れる。 「お呼びで?」 「あれを部屋まで無事に送り届けろ」 「承知しました」 「……ベルフェゴール、好きとはなんだ?」 「はあ、魔王様。あんな小娘の戯言などお聞きになりませんように。魔王様にはもっといい娘がおります。なんなら私がしっかりと選んで――」 「…いいから早く行け」 「御意」
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