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こんなにウキウキとした気持ちになるのは、いつぶりだろうか。
別に、毎日が辛いわけではない。
同僚とくだらない話をして笑ったりもする。化粧品のおすすめをお互いに言い合うのも楽しい。本も漫画も映画も好きだし、こだわって淹れる紅茶も美味しい。家のローンを気にかけてはいるが、ハマっているタルト専門店で奮発する余裕もある。
幸せな日常だと自分でも思えるのに、高揚しすぎて足の裏がウゾウゾして普通に歩いていられないこの感じは、久しぶりだった。
バスを経て到着した先は、小さめの食事処。駅裏と呼べる区画の端の端にあり、俗にいう「隠れ家」的な店だ。
古く薄汚れたビルの狭いエレベーターを五階まで上がる。ドアをでれば、もう店内だ。
今日は貸しきりだった。
「春田! 来てくれたんだな!」
直ぐに声がかかる。
その無邪気に明るい声が、私を自然、笑顔にさせる。
「間に合って良かったです。川島さん、遅くなってごめんなさい」
「全然! ありがとな!」
爽やかな声が響くが、そんな余韻に浸る余裕はこの空間にはなかった。
どんどん声は重なっていく。
「川島の調教師、春田の登場! 改めて、カンパーイッ!!」
最初は、川島さんの同期である沢さん。いつものお調子者っぷりを存分に発揮している。
「ちょっ、春田さんはオーダーまだですよ!」
「生でいいか?」
「カクテルも美味しいですよぉ」
「ぽん酒も結構揃ってますよ!『蓬莱山』、いっときます?!」
「あれ、この間春田さん、『知多』に嵌まったって言ってませんでした?」
「最初からウイスキーいっちゃうのかよ! あはははっ」
想像以上のデキ上がり具合に、ちょっと引く。
「……昼からトバしてますね?」
「たまには良いんだよ!」
その声が合図だったかのように、あははははははは、とまた笑い声が重なった。
この職場のこういう雰囲気が、実のところ大好きだ。
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