序章

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 そんなこんなで今まで以上に何でもかんでも引き受けていた。自分の課題に、アルバイトに、他人のレポートに、乙女ゲームに……文字通り目が回るような忙しさだった。眠る時間さえ惜しかったほどだ。  ちょうど前期試験のシーズンに差し掛かり、授業でもレポート提出の機会が多くなっていた。他の人達はうんざりしていたが、私にとっては絶好のチャンスだった。  ちょうどその時、発売を心待ちにしているタイトルがあったのだ。体験版をプレイして、早く全シナリオをプレイしたくてたまらなくて、待ちきれなかった。  何人かの代わりに授業に代行出席してノートをとり、何人かのレポートを作成し、そして自分のレポートも書き終えた頃には、朝を迎えていた。そんな日が何日続いただろうか。もう数えることも忘れた頃、ようやく件のタイトルの発売日を迎えた。  ”依頼人”たちから報酬を受け取り、店に行って予約票と引き換えにソフトを受け取った。感無量だった。  ちょうど試験も終わり、これから長い夏季休暇に入る。1週間はこのゲームに没頭しよう。そう思って意気揚々と家路を急いでいたその時――私の人生は、急激に幕を下ろした。  飲酒運転による暴走事故だった。  酔ってフラフラの人間が運転した車が、徹夜続きでフラフラだった私に突っ込んでくるとは、いったいどんな冗談なんだろうか。悪趣味すぎる。  ああ、だけど……同じ事故に遭う運命だったとしても、もう少し後にしてくれても良かったのに。せめて、この手に入れたばかりのゲームを少しでいいから、プレイしてみたかった。  薄れゆく意識の中、私の心はそんな言葉しか思い浮かばなかった。  あまりにも突然の、あっけない終わりだった。 —―と、思ったのに、私の意識は目覚めた。  そして、私は日本人の大学生から『イルザ』という名の少女へと生まれ変わっていたのだ。  赤ん坊からやり直している感覚はない。聞いたところによると、ある日木から滑り落ちて頭を打ち、起きたらこんな風(・・・・)になっていたとのことだ。ドラマなんかでよく見る流れだろうか。事故で頭を強打したせいで前世の記憶が蘇り、人格まで変わってしまったという、あの……?  俄かには信じられないが、信じるしかない状況のようだ。  皆が私を『イルザ』と呼び、そして皆が『まるで人が変わったようだ』と驚嘆の目を向けてくるのだから。
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