序章

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 リントヴルムが咳ばらいをしてソファに戻ると、離れた椅子に座っていたウィルバートが、ふわりと顔を上げた。 「ふくろう……あれは夜に羽を広げる様が、実に優美だ」 「はい! 綺麗で、力強くもありますよね!」 「……そうだな。僕は『ウィルバート』。一角獣の守護を授かっている。第三皇子だ。よろしく」  囁くような声でそう告げたのは、第三皇子『ウィルバート=アベル・フォン・ベルガー』。帝国一の美女と評判だった御令嬢を母に持つ。女性と見紛う美貌と、繊細な心を持ち合わせている。あらゆる芸術に精通しており、彼の作品には、その繊細さが如実に表れている。芸術には心を開いているけれど、人間に対しては心を閉ざしている傾向があり、側仕えの給仕たちにすら滅多に声をかけることがないと有名だ。  そんな彼が、珍しく自分から話しかけた。しかも誉め言葉を口にした。珍しいことで、明日は槍が降るかもしれない。  だけどそこまでの事情を知らないソフィー嬢は、あくまで皇子という身分の者に対する礼儀を守って、にこやかに挨拶を返していた。 「こちらこそよろしくお願い致します、ウィルバート殿下」  妙な飾り気のない言葉に、ウィルバートは長い睫毛を伏せて、そのままそっぽを向いてしまった。すると彼と入れ替わるように、今度はレオンハルトが前に出てきた。 「獅子の守護を授かった第一皇子の『レオンハルト』だ。ソフィーだったな。体を動かすのは好きか!?」  彼は第一皇子『レオンハルト=ルトガー・フォン・ベルガー』。皇后……つまり皇帝の正妃であり第一妃のご子息。  幼少の頃より体も心も健全で頑強で、おまけに善人だ。およそ悪意というものとは縁遠い。人懐こく、周囲の人と掛け値なく接するので誰からも慕われる。  だけどその反面、人を疑うということを知らないし、もっと掘り下げれば、あまり物事を深く考えないところがある。頭を使うより体を使う方がいいという心情のようだ。  まぁつまりは……脳みそまで筋肉の比率が高いということだ。  とはいえ、その言葉はいつも正直で力強い。ソフィー嬢の返事も、自然と力が籠ったものになっていた。 「はい、レオンハルト殿下! 他の人と比べると得意とは言えませんけど、走るのは好きです」 「うむ。良い心がけだ! 今度俺の鍛錬に加わらないか?」 「はい、光栄です!」  どうもレオンハルトの気に入る反応だったらしい。いつも笑顔だが、いつも以上にご機嫌そうな顔になった。  そんな顔を見て、逆に顔をしかめた人物がいた。
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