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お冷やを持って来た店員に俺がアイスコーヒーを頼むと、麻友奈ちゃんは微笑みながら小首を傾げた。
「それで石田さん、大事なお話って、何ですか?」
大きな黒目が、期待と不安で揺れている。俺の心臓も、ドキリと揺れた。昨夜のLINEで、心の準備をしておいてほしいと云ったのは、自分が腹を据えるためでもあったのだ。
「あぁ、あのね……急でびっくりすると思うけど……」
俺は上着のポケットに手を入れて、サッと血の気が引いた。
「無い……っ」
そんなバカな。確かにここに入れたはずだ。何度もシミュレーションして、一番カッコよく取り出せるはずの、右側の外ポケット。
念のために他のポケットやカバンの中まで探したが、小箱は見つからない。戸惑い顔の麻友奈ちゃんの前で、俺は冷や汗をかきながら、脳内で自分の行動を巻き戻した。
「お探しのものはこれですかぁ?」
ちょうど記憶が最寄り駅へのダッシュまで戻った時、目の前に白い小箱が差し出された。その手の主は、にんまりと笑ったチクワ女だった。
「あんた……っ」
「だから、私と一緒にいるといいことあるって言ったでしょう? 道端に落とすなんて、私がいなかったら誰かにネコババされてましたよ?」
「いや、あれはそもそも……」
女がしつこく話しかけて来なければ、駅まで走ることはなく、それを落とすこともなかっただろう。でもわざわざ届けてくれた人に、文句を言うべきではないかもしれない。
俺が言葉を切ると、麻友奈ちゃんはくりっとした目を輝かせて少し身を乗り出した。
「石田さん、その箱は?」
「あ、いや、これはその……」
このタイミングでプロポーズはないだろう。怪しい女に届けてもらった箱をパカッと開けて、「結婚してください」なんて。セッティングが台無しだ。
おたおたしていると、チクワ女が俺の横からずいっと顔を出して、麻友奈ちゃんをじっと見つめた。
「あれぇ? どこかで会ったこと、ありません?」
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