スイートテンダイヤモンド

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 その瞬間、麻友奈ちゃんは見たこともない怖い顔になり、席を立ってチクワ女に摑みかかった。瞠目した俺の目の前で、箱に伸ばした彼女の手を、女がヒラリとかわす。倒れた椅子が大きな音を立て、周りの人たちの注目が集まった。  麻友奈ちゃんは再び伸ばした手をかわされると、返す手で女の顔を引っ掻いた。そして怯んだ女の手から箱を奪うと、自分のバッグをひっ掴み、走って行ってしまった。 「あっ! こらぁ!!」  チクワ女が叫び、その後を追って駆け出す。二人はあっという間に雑踏に紛れて見えなくなった。  後に残されたのは、いつのまにか中腰になっていた俺と、倒れた椅子、そしてアイスコーヒーをトレイに載せたまま固まっていた店員だった。 「お騒がせしてすみません……」  俺は店員に謝り、椅子を戻して周りにも頭を下げた。集まっていた好奇の目がばらけてゆく。  腰を下ろした俺の前で、麻友奈ちゃんの飲みかけのロイヤルミルクティーが、カラリと音を立てた。  あんな顔、初めて見たな……  俺は一人、アイスコーヒーを啜りながら考えた。  彼女だって人間だ。俺に対しては笑顔を絶やさずにいてくれただけで、怒ることだってあるだろう。  でもさっきの麻友奈ちゃんは、俺が今まで見てきた彼女とは、まるで別人だった。指輪を奪うために、女性の顔にケガまでさせて……  もやもやと考えながら待ったけれど、麻友奈ちゃんもチクワ女も、戻っては来なかった。スマホを確認したが、LINEも来ていない。俺はしばらく悩んだ末に、店を去ることだけは連絡しておこうと思い、液晶をタップした。 [さっきはごめん。もう家に帰ったのかな? 俺も今日は帰るね。また後で連絡します。]  麻友奈ちゃんに送ったメッセージには、既読がつかなかった。そのまま彼女と連絡がつかなくなるとは、このときにはまだ想像もできなかった。
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