スイートテンダイヤモンド

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 麻友奈ちゃんは、店を辞めていた。  黒服に門前払いされそうになり、連絡が取れなくなって心配だからと食い下がると、奥から出てきた店長が鬱陶しそうに俺を睨んだ。 「うちも被害者なんだよ」  麻友奈ちゃんは、店の金目のものを盗んで逃げたのだそうだ。店長が警察に被害届を出したとき、彼女には詐欺と窃盗の前科があり、別の店からも似たような被害届が出ていることがわかったという。店の客にも何人か彼女に金を貸している人がいたらしく、あんたもいくらかやられたんなら被害届出しときな、と言われた。  つまり俺は、彼女に騙された男の一人に過ぎなかったのだ。  自分の気持ちを、言葉で表すのは難しい。  一番近いのはやっぱり、悲しい、だろう。不思議と、恨みや怒りの感情は湧いてこない。ただ、麻友奈ちゃんが今まで俺に見せてくれていた笑顔が偽物だったということに、ひどく胸が痛んだ。彼女が話してくれた家庭の事情も、俺への好意も、田舎で静かに暮らしたいというささやかな夢も、全部嘘だったなんて。  俺は薄給だけど、二人でこつこつ働いて彼女の借金を返していってもいいと思ってた。贅沢なんかできなくても、彼女が隣で笑っていてくれればそれだけで幸せだと思った。  でも麻友奈ちゃんが求める幸せは、そんなところにはなかったんだな……  俺は深いため息をつくと、仰向けのベッドの上で目を閉じた。涙よりも虚しさが、俺の全身から溢れ出て、朝には抜け殻になっているような気がした。
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