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「チクワなんて名前つけてたのか……」
「言ってねっけ? だって色がチクワみたいだったから。あ、それでの、獣医さんにも診てもらって、寿命ってことだから死んじゃったのはしょうがねけど、チクワのベッドに敷いてたお兄ちゃんの毛布の下から、指輪が出てきたの」
「指輪……?」
「けっこう大きめのダイヤがついてるやつ。お父さんがさぁ、『それは母さんのだ!』なんて言うあんけど、新品ぽい箱に入ってて、デザインもそんな古そうには見えねし、お兄ちゃんの黒歴史かなぁと思って」
俺はゴクリと唾を飲んだ。思い当たるものは、一つしかない。しかし、そんなことがあるだろうか。
「写真……」
「え?」
「写真送ってくれ」
妹が送ってくれた画像を見て、驚くよりはなぜか、やはりという気持ちになった。
それは俺が麻友奈ちゃんに渡そうとして、本人に強奪されたあの指輪だった。そして、親父も間違っていない。その指輪は、親父が母さんに贈った、彼女の形見だからだ。
我ながら姑息だったと思う。俺は上京する前日、母の遺品を納めた箪笥の引き出しから、ダイヤの指輪を抜き取った。盗むわけじゃない、自分にそう言い聞かせた。母が生きていた頃、あんたが大人になって結婚したい相手ができたらあげてもいいよ、と言われていたからだ。
俺は麻友奈ちゃんと結婚したかった。彼女の本性など露知らず、あんな可愛い子がお嫁さんになってくれたら職場や田舎の奴らに自慢できると思った。でも俺の稼ぎは悪く、新しい指輪を買えるような貯金もない。それで母の形見の指輪を、新調した箱に入れ替えてプロポーズしようとしたのだ。父にも無断で。
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