第1章 春

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 でも、俺がいくら反対を叫んだところで、共学化は今更避けられないのだ。  入学式の朝、校長先生が緩んだ笑顔で臙脂色の襟のセーラー服を出迎える様を睨みつけるのが関の山。  ……ったく。絶対ぇ女好きだよ、この禿げ頭。   校長先生は入学式の中でも聖書の創世記を引用して、男子も女子も神様がおつくりになられたものであり、等しく尊いものです、とかごにょごにょ言ってたけど、俺が言いたいのはそういう事じゃねぇんだよな。 「なんか、すっげぇ可愛い子いたんだけど」 「マジ?! どいつだよ」  ―――そう、これが嫌。  みんな、編入組の女子たちの品定めですっかり盛り上がっちゃってる。  俺たち中学からの持ちあがり組はA~C組で、編入組はD組なんだけど、休み時間のたびにそのD組を覗きに行ってるんだから腹が立つ。 「……今はホームルームの時間ですが?」  うちのC組担任である前田先生も、この浮ついた雰囲気にはかなりおかんむりのご様子だ。  前田先生は数学科の教務主任で、男子校では天然記念物並みに珍しい女性教諭。だけど50代半ばのおばさまだからアイドル的存在じゃない。むしろその厳格さと授業の分かりやすさで神のように崇められていて、俺たちは敬意をこめて前さまとお呼びしている。  前さまは自分がアイドルになれないやっかみ……かは知らないけど、同性である女子たちが好きじゃないらしい。だから共学化の話にも最後まで抵抗していたという噂だってあった。  ……あぁ前さま、もっとみんなにガツンと言ってやってくださいよ。  普段は愛想が無くてニコリとも笑わない先生だけど、俺は心の同志としてこんな感じでいつもラブコールを送っている。  まぁ、それでも授業中はまだいい。視界に女子は入ってこないんだから。  共学化で問題になるのはやっぱり部活の方だった。  4月半ばの金曜日、今日からいよいよ新入生がやってくるという日の放課後、俺は仏頂面で体育館脇に立っていた。弓道場は本校舎と体育館の間にあって、初めて来る新入部員にはその入り口が分かりにくいからだ。  だけど、その新入部員のうち、女子が三人もいるなんてさ……。  やっぱり部活紹介の時に壇上から女子禁制を叫んどきゃ良かった。でもあの時は五十嵐先輩が『うちは女子も大歓迎です』なんて言っちゃって。  うわぁ絶対ぇヤダ。うちの狭い弓道場に三人も女子がいるなんて、マジありえねぇって。 「上山ユータ!!」  俺がむすっとしているところへ、知らない男子がいきなりフルネームで呼んで来た。 「なんでお前がこんなところにいるんだよ!」 「なんでって……そりゃ弓道部員だから」  答えながらも、なんで非難されなきゃいけないんだかが分からない。  そもそもコイツは誰なんだ?  うちの学校は中学高校とも同じ形の学ランで、襟章の色だけ違う。こいつは深緑色だから高校生、それも制服が真新しいから編入生ではあると思うけど……。  首をかしげる俺に向かって、謎の男子はキャンキャン吠えたてた。 「そうじゃなくて、どうして野球部じゃねぇんだって言ってんだよ!」 「……お前、誰だ?」 「な……! 俺を忘れたのかよ。この俺を誰だと思ってんだ?!」 「それが分かんねぇから聞いてんだけどな」  頭悪いのか、こいつ? 「徳井だよ、徳井昴流(すばる)。北鎌倉サンダースの」 「……あぁ、徳井か」  さすがに名前を聞けば思い出した。小学校の時に同じ塾だった奴だ。地元の少年野球チームでも何度か対戦したことがある。  徳井のくせに一丁前に学ランなんて着ているから気付かなかったんだ。何せ当時のコイツは、冬でも半袖半ズボンで走り回っているような奴だったもんなぁ……。 「なんでお前なんかが、うちの学校にいるんだよ」 「そりゃ、高校受験して合格したからに決まってるじゃねぇか」 「……へぇ、よく頑張ったな」 「い、今、俺の事バカにしただろ!」  至近距離できーきーと騒ぎやがって、マジうざい。 「そりゃ確かに、模試でも今までD判定かE判定しか出たことねぇし、記念受験のつもりで受けたらヤマが当たって受かっちゃっただけなんだけどさ……!」 「それでもヤマを当てるのも実力の内だよね」  そう言って徳井の後ろから現れたのは、弓具一式を背負った背の高いショートカットの女子だった。男子のような見た目そのままの、はきはきとした話し方で名乗る。 「弓道部の人ですか? 高一の伊澤茉優莉です。よろしくお願いします」 「……おう。よろしく」  セーラー服を着ているからかろうじて女と分かるけど、マユリという可愛い名前からイメージする女子像とはあまりにかけ離れていて俺は目を丸くした。  しかも自前の弓まで持って来るなんて……まさかの弓道経験者じゃん。  そんな伊澤さんの後ろにはもう一人女の子がいた。 「高一の坂元栞です。よろしくお願いします」  俺に向かって小さな声で挨拶したのは、肩の辺りで切り下げ髪を揺らした女の子。その髪の毛が邪魔で顔の半分くらいが見えないし、ものすごく分厚いレンズの眼鏡をかけている。  ……瓶底眼鏡のガリ勉女だ。  驚いた。春休みに先輩と話していた時は冗談のつもりだったのに、本当にこんな子がいるなんて。  もちろんガリ勉女の方は弓具なんて持っていなくて、代わりに通学鞄と体操着の袋をぶら下げていた。  続いて中一もやってきた。男子と女子が一人ずつ。並んだ二人に身長差はほとんど無い。それでも男子の方はこれから身長が伸びることをお母さんが期待したのか、かなり大きめの学ランを着ていて、それはなんか微笑ましい。  そして女子の方、天然パーマをちっちゃいおさげにした女の子は、俺を見るなり目を輝かせたのだ。 「わぁ、やっぱり袴って可愛い!」  ……カ、カワイイ?!  そんなこと初めて言われた。見れば彼女の持っている通学鞄には、もふもふ素材の愛くるしいうさぎのぬいぐるみがぶら下がっていた。どうも可愛いものが大好きな子らしい。 「私、この袴を穿きたくて、弓道部に入部したんです」 「えーっと、中一だよな?」 「はい。田中花帆っていいます」 「僕は中一の宮本大地です。よろしくお願いします」  一緒に小柄な男子の方も名乗った。  見れば俺と同じ銀縁眼鏡で、真面目そうな風貌。まだ声変わりはしてないけど、しっかりとした口調……素晴らしい。パーフェクトじゃん!  一発でこの宮本を気に入った俺は、他の四人にがっかりしていた分だけやたらと感動が込み上げてしまい「お前を待っていたんだ。よろしくな!」と思わず彼の手を握った。 「よ、よろしくお願いします……」  宮本はその歓迎ぶりを理解できなかったらしく、俺に手を握られたまま目を白黒させていたのだった。
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