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それからの部活はなんて言えばいいんだろな……とてもやりにくかった。
多分、鎌倉を一緒に歩いたおかげで坂元さんはすっかり俺に馴染んでくれたんだと思う。おかげで部活中も、やたらとその視線を感じるようになった。
これって別に俺の自意識過剰ってわけじゃないと思うんだけどなぁ。
「今から弓の引き方を説明する。これは射法八節っていう、弓を引くための基礎の動きだからきっちりと覚えろよ」
ランニングや筋トレの後、俺がマユ(だってみんながそう呼ぶから、俺もなんとなく)以外の新入部員を弓道場の外に集めて指導をした時もそう。
坂元さんは俺のすぐ側に体育座りしていて、期待たっぷりの目でこっちを見上げてくれていた。俺の言葉を一言も聞き漏らすまい、という意思を姿勢からも感じるし……いやでも、そんなに熱く見つめられてもな。
困惑した俺は目線を彷徨わせた結果、昴流(だってみんなが……以下同文)を指名して立たせた。
「まずは足を開いて立つ」
「バカにすんなよ。それくらいできるに決まってんだろ」
昴流のツッコミは無視してその背後に立ち、更に説明を続ける。
「つま先は開く。足幅は矢束、つまり身長の半分くらいの長さで。的の中心につま先を合わせて。その足は途中絶対動かさないから。最初をしくじると、後はどうしようもなくなるぞ……って言ってる傍から動くなよ」
俺は昴流の頭をはたいた。むやみに荒っぽくなったのは、坂元さんの真っ直ぐな目線のせいで気持ちが上ずっていたからだ。
「重心を落とすイメージで。右手を腰に当てて、下半身を安定させる、この最初の姿勢を胴造りっていう。上半身で弓を引くとぶれるから、丹田に力を込めてな」
「丹田ってなんだよ」
「へそのちょっと下。この辺の奥」
「ぐわっ」
「いちいちうるせぇな。それから本当は矢を番えて手の内を整えるけど、これはゴムだから今は省略」
危なっかしくて最初から弓を持つことはできない。初心者がフォームを覚えるための必須アイテムであるゴム弓、要するに巨大な輪ゴムを今は手にしている。
「この先は絶対的から目を離さない。こら、あっちだろ、的は」
「痛っ! 無理矢理やるなよ。今、首がごきってなったぞ!」
「お前がこれくらいで壊れるか。腕は斜め45度って言うけど、実際はもう少し高めを心掛けながら、弓を打ち起こして……」
「打ち起こす?」
「弓を持ち上げるってこと。これくらいかな」
「ぎゃっ」
「騒ぐなよ。体の軸がずれる」
「くすぐってぇんだよ」
「黙れ、バカ。矢が水平になるように意識して……」
「矢なんて無ぇし」
「あるつもりでやれよ。弓を引くときは、右手だけじゃなくて両手で左右に押し広げる気分で。ここの肘の角度、よく見といて。右手が耳を越えて、頬の下……そう、真っ直ぐ引いて。ここまで来たら、足にもしっかり力をこめて……で、離れ」
背後から支えていた昴流の右手を掴み、十分に伸びきったゴムを放した。太いゴムが昴流の頬をかすめて、大きくうねる。
「おぉ……」
実際のところは伸ばしたゴムを弾いただけなんだけど、凝視していた坂元さんだけじゃなく、中一の宮ぽん(これもマユが命名)とうさ子からも感嘆の声が漏れた。
「まぁ、自分でやってみないと分かんねぇよな。一人ずついこうか。じゃあまずは……坂元さん」
本当は宮ぽんあたりにしたかったけど、その前にこちらを見つめる坂元さんと目が合ってしまったから、名を呼ばずには済ませられなかった。
嬉々として立ち上がった彼女は昴流と入れ替わったけど……ヤバいな。さっきまでの昴流とは肩幅とか漂ってくるものが全然違うじゃねぇか。
それでも俺はなんとか坂元さんの背後に立った。
「……うん。そう。足幅はそれくらいかな。あぁ、そうじゃなくて……」
その姿勢がやや前かがみになりすぎていたので修正しようと手を伸ばした時、俺ははたと動きを止めた。
これは……どうしよう。
「だから……その、もうちょっと……こう、胸を張って……」
「こう?」
「うーん、そうだなぁ……」
「お前、俺の時と違うぞ。もっと厳しく教えろよ」
「うるせぇ! やってる!」
飛んでくるヤジに、俺は顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
今一番言われたくないことを言うんじゃねぇ!
「……じゃあ、とりあえずここまで。次、うさ子いってみようか」
「はい」
うさ子は注意したとおりに、返事の仕方が直っていた。ふわふわした頼りない感じか思っていたら、意外といい子みたいだ。
でもいざゴムを引くところになって何故か腕が止まる。
「……あれ、引けない」
「おいマジかよ。力無さすぎだろ……って宮ぽん、お前もか!」
「すみません!」
「じゃあ中一は二人ともこれから筋トレ1本多めで」
「そんなぁ?!」
こりゃ前途多難だ。
でも教える側の俺にも問題があるって、後でマユからチクリと言われた。
「しおりんにもしっかり教えてあげなよ。最初が肝心なんだしさ。変な型ついたらどうすんのよ」
「分かってるけど……」
「裕太が男子校引きずる気持ちも分かるけど、女子を意識しすぎなんじゃない?」
「でもさぁ……」
あんなにがっつり見つめられたらこっちだって意識せざるをえないだろ、って言いたかったけどやめた。いかにも女子慣れしてないって思われるのは格好悪い。
「でも何よ?」
「なんでもねぇよ」
口をへの字に曲げてそっぽ向くと、マユは代わりに「じゃあさ、試しにしおりんって呼んでみたら?」と提案してきた。
「え……」
「だってしおりんだけまだ名字呼びでよそよしいじゃん。うさ子みたいに気楽に呼んでやったらいいのに」
「うさ子は女子って言うより、うちの妹と同じような括りだからいいんだよ。マユだってその辺は全然気にならねぇんだけどなぁ」
「それ、なんかヤな言い方」
突如マユがムッとした顔をした。
「え?」
「そういうデリカシーの無いところも男子校ならではだよね」
そう言ってぷいっと向こうへ行ってしまう……あれ? なんで怒ったんだ?
俺は妙な意識しなくていいからありがたいって褒め言葉のつもりだったのにな。
はぁ……やっぱ、女子は意味分かんねえよ。
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