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ミラッドの消滅から半年が経った。身を隠す事にも慣れ、ラピス狩りも落ち着きつつあり、僕はその日、完全に油断していた。いつものように赤レンガの頂上付近でラズを待っていた。
町を見渡し、いつもなら魔法の千里眼で縄ピストルを持つ、ラピス狩り人間を探ってから、一息つくのだが、僕はそれを怠った。
「ノゼ! お待たせ!」
彼女は片手にパンを持っていた。
「ラズ、もう僕の分はいいから、君が食べなよ」
「わたしはお腹いっぱいなのよ。だから、ノゼに食べてもらおうと思って持ってきたの」
差し出された、パンを見つめると、ラズのお腹がぐぅ〜と鳴った。
僕はそれを見て声を上げて笑った。
「ラズっ! 嘘じゃないか。お腹が減ってるんだろう。無理しちゃダメだ、このパンはラズが食べなよ」
笑った僕の顔を見て、ラズは目に涙を浮かべた。ギョッとした。
「え、な、ど、どうして、ラズ? 何で泣くの?」
「だって、初めて、ノゼが笑ったからーーー」
「嘘、僕笑わなかった?」
「うん、いっつも怖い顔してた。だから、ちょっとでも笑ったらいいなってずっと思ってたの」
ラズはポロポロと涙をこぼした。
その涙は夜に光る星のように輝いてみえた。
「ラズ、ありがーーー」
「そこまでだ」
低い男の声が響いた。
時計台を登ってきたところに縄ピストルを構えた人間が居た。僕はすぐに飛行魔法を使おうとラズに手を伸ばしたが、人間にラズは捕まってしまった。
「君、ダメじゃないか。ラスピ族は見つけたら即刻、星警察に通報する決まりになっている。それを知らなかったのか?」
「いやっ、やめてっ、離して」
捕まったラズは足をばたつかせて抵抗している。
「ラスピ族っ! この子はお前を隠蔽していた罪がある、この子の罪を見逃して欲しければ大人しく捕まれ!」
「だめ、ノゼ、捕まっちゃダメっ! わたしの事は良いから、逃げてっ!」
「大人しくしろっ」
人間はラズを叩いた。
僕は頭に血が上るのを感じた。
「魔法を使うのは禁止だ、使えばこの娘を牢屋に入れる事になる」
ラズが暴れ回り、人間はバランスを崩した。
「うわっ」
「きゃぁぁぁ」
階段の登り口の腕から、ラズが真っ逆さまに時計台の下に落ちていった。100メートル近くある高さから落下した彼女を浮かせようと魔法を使おうとした瞬間、縄ピストルで僕は捕まってしまった。
「よし、これで逃げられないぞ」
体から一気に力が抜けた。ラズはーーー。
何とか床を這って、階段の下に目を凝らした。グシャリと潰れた音がして、下を見るとラズが横たわり動かなくなっていた。
嘘だ、嘘だ、嘘だ。
僕は頭が真っ白になった。
「あぁぁぁぁ」
自分の口から大声が漏れ、ブチっと紐が切れた様な音がした。
辺りが夜空より黒いもやに包まれた。
不意に体が軽くなり僕を縛っていた縄が解かれている事に気付いた。
急いで時計台を駆け下りて、ラズに近寄った。
口から血を吐き、首や手足があらぬ方向にぐにゃりと曲がった彼女を抱きしめる。
僕の瞳から落ちた涙が次々とラスピラズリに変わり、辺りにサファイアブルーの宝石が転がる。
「彼女がっ、生き、返り、ますように」
泣きながら発した言葉を、闇が飲み込むかのように黒色を濃くし、僕とラズを包んだ。僕は彼女を精一杯抱きしめた。
彼女は非道な人間の仲間だけれど、ラスピ族の僕に偏見なく優しくしてくれた。自分の空腹を我慢してでも僕に魔力を使わせないようにと食料を持ってきてくれた。故郷を亡くした僕に居場所をくれた。
ラズを失うわけにはいかなかった。
僕の魔力が底をついたとして、ラズが僕を忘れてしまっても、彼女の笑顔が二度と見れなくなるのは僕には耐えられない。
僕は祈るような気持ちで、ただ、ラズを抱きしめた。
辺りの闇が集まり、ラズに入り込んだ瞬間。彼女は、ふぅ〜、と大きく息をした。
「良かった、ラズっ! 良かった」
彼女は目を開け、首も腕も正常な位置に戻っていた。
僕は再び彼女を抱きしめた。顔を覗き込む。
彼女はブラウンの瞳をきょとんとさせ、僕をみた。
「おにいちゃん、だぁれ? きれいな青い瞳だね」
僕の髪色は夜空と同じ黒になり、上空を流れ星が弧を描き、通りすぎて行った。
End.
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