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汗と涙のリクエスト
コンコンッ
僕の部屋のドアがノックする。
「はーい」
ドアを開けると、麻緒衣が立っていた。
「こんばんわ」
「こんばんわ、麻緒衣、どうしたの? こんな時間に」
「佐菜ちゃんに聞きたいことがあって」
「うん。とりあえず、中入ってよ」
「おじゃましま〜す」
麻緒衣は部屋に入ると、テーブルにつかずに、部屋をトコトコと歩き回った。
「佐菜ちゃん、きちんとお部屋のお片づけしてるんだね」
「えらいえらい」
「あんまり物持ちじゃないから、掃除も簡単なんだよ」
「謙遜しなくてもいいだよ」
「佐菜ちゃんはえらいの!」
そう言ってニッコリ笑うと、麻緒衣はおもむろに冷蔵庫を開けた。
「えぇ〜!? この間おすそ分けしたお野菜が腐ってるよぉ〜」
麻緒衣は野菜の残骸を悲しそうに取り出すと、傍にあった新聞紙にくるんでゴミ箱に捨てた。
「ごめん。 だって、僕、料理は苦手で・・・・・・」
「佐菜ちゃん、ちゃんとご飯食べてる?」
「うん・・・・・・まぁそれなりに」
「どうせコンビニのお弁当ばっかりなんでしょ?」
「・・・・・・」
図星だ。
「お菓子とかでも済ませちゃう時もあるんでしょ?」
「・・・・・・」
おっしゃるとおりでございます。
「もうっ、佐菜ちゃんったら・・・・・・育ち盛りなんだから、きちんと栄養とらなきゃダメだよぉ」
麻緒衣は腰に手を当て、怒ったような素振りで僕をにらみ付ける。
麻緒衣ににらまれても全然恐い気はしないんだけど。
いつになくプリプリと怒っている麻緒衣。
僕が不健全な食生活を送っていることが許せないみたい。だけど、男の子のひとり暮らしなんてこんなもんだぞ。誰かご飯を作ってくれる人でもいれば別なんだけどさ・・・・・・。
「佐菜ちゃんのご飯、わたしが作る」
「えっ・・・・・・?」
それって、なんだか危険な香りがするぞ・・・・・・。
ドジばっかりの麻緒衣の料理・・・・・・恐ろしすぎる・・・・・・。
不健康どころか、お腹壊して病気になりそう・・・・・・。
「い、いいよ、そんなことしてくれなくても」
「どうして?」
「だってさ、悪いよ」
「悪いことなんてないよ。わたしは佐菜ちゃんのお役に立ちたいんだから」
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど・・・・・・」
「だけど、なぁに?」
今日の麻緒衣はやけに食い下がってくる。
僕のことを心配してくれてるってのはありがたいけど・・・・・・。
麻緒衣の気が治まるのなら、ここはひとつ素直にお願いしてみるか。確か、薬箱の中に母さんが入れてくれた胃薬がいるはずだし。
「それじゃあの、お願いするよ」
「本当に?」
麻緒衣の表情がまばゆいばかりに輝く。
こんなに喜んでくれるならもっと早くお願いしてあげれば良かったかな。
「ねぇねぇ、佐菜ちゃん。何が食べたい?」
目をキラキラさせて、麻緒衣は僕の顔を覗き込む。
「リクエストしていいの?」
「もちろん!」
「えっと・・・・・・」
そう言えば、最近揚げ物ばかりでウンザリしてる。たまには、お袋の味というか、肉じゃがとか酢の物とかそういう素朴なおかずが食べたいな。いや、待てよ。あくまで失敗する可能性も考慮して・・・・・・・・・・・・。
「佐菜ちゃん、決まった?」
「いや、まだ・・・・・・」
麻緒衣は僕に早く献立を決めて欲しくて待ちきれないみたい。
「よし、決めた!」
「なぁに?」
「白いご飯」
「・・・・・・・・・・・・」
麻緒衣はプクッと頬をふくらませると、僕をにらみ付けた。
「佐菜ちゃん……わたしが料理できないと思ってるでしょ?」
「そ、そんなことないよ……」
「じゃあ、どうして白いご飯だなんて言うの?」
「何言ってるんだよ、白いご飯料は理の基本だよ。シンブルな料理にこそ料理人の腕が試されるんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
麻緒衣はいぶかしげな視線で僕をにらみ付けたまま。
「わたし、佐菜ちゃんのために何かできることないかなって……」
そうつぶやくと、麻緒衣の瞳に大粒の涙がたまる。
やばい……このままだと泣かせてしまう。
「じょ、冗談だって。 麻緒衣があんまり気合入ってるもんだから、少し肩の力を抜かせなきゃと思ってさ」
「本当に?」
「本当だよ」
「それじゃあ、本当は何が食べたいの?」
「ビーフストロガノフ」
「ビーフ……すとにょがにょふ?」
どうやら初耳らしい。
麻緒衣はキョトンとしている。
「ビーフストロガノフ」
「ビーフ……すとのがにょふ」
「ストメガノフ」
「すとにょがょふ」
舌っ足らずな麻緒衣はろれつが回らず苦戦している。
「それって、外国の料理?」
「うん……」
実は、僕もビーストロガノフを食べたことはない。
この前、テレビでタレントが食べているのを見て、美味しそうだと思っただけなんだ。だけど、シンプルな料理で失敗するより、初めて挑戦する料理で失敗する方が麻緒衣にとってダメージが少ないと思ったんだ。
僕なりの気遣いだったんだけど……。
「すとにょがにょふ、すとにょがにょふ?」
自分が作る料理の名前さえちゃんと言えない麻緒衣。
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