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懐かしい笑顔
「そうだな。ちょうど喉も渇いてたとこだし」
「じゃ、善は急げってことで。行こ行こ」
「うん」
「さぁ入っい入っい」
「おじゃまします」
「やだなぁ、佐菜ちゃん、何だか他人行儀だよぉ。これからはご近所さんになるんだし、余所余所しのはナシにしよ」
「そうなんだけど、まずはきちんと挨拶しないと。お世話になるわけだし」
「そういうとこ、佐菜ちゃんらしい」
僕が足を一歩踏み出すたびに小さく鳴る床のきしみ。
その音が面白くって、僕と麻緒衣は飽きずに廊下を歩き回ったっけ。
廊下の突き当りには、花が生けられている。
織部家にはいつも必ず季節の花が瑞々しい香りを放っていた。
全てが昔通り。懐かしさに僕の心は和んだ。
「そういや、他のみんなは元気?」
「うん。元気。みんな一緒の学校だし、朱里ちゃんと修ちゃんとは今でも大の仲良しだよ」
「菜々香は?」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・麻緒衣?」
「・・・・・・元気だと・・・・・・思うよ・・・・・・」
麻緒衣の表情に一瞬影が差したように見えた。
どこか歯切れの悪い麻緒衣の返答は、僕に嫌な推測をさせる。
麻緒衣と菜々香の間に何か起こったのだろうか・・・・・・?
「麻緒衣、あのさ・・・・・・」
「佐菜ちゃんはふたつだよね?」
僕の言いかけた質問を遮るように、麻緒衣は笑顔を取りつくろうと、僕のコーヒーに砂糖ふたつとたっぷりのミルクを入れてくれた。
「あ、うん・・・・・・ありがと」
なんとなく間が悪くなった。
改めて質問することもできず、僕は渡されたカップに口をつけた。
「ーーあつっ!」
しかし、飲み込んだコーヒーはとてつもなく熱かった!
「大丈夫!?」
麻緒衣が僕に冷たい水の入ったコップとタオルをさっと差し出す。そのテキパキとした仕草は、たった数分前立て続けに二度も転んだ人間と同一人物とは思えない。
ジンジンし舌全体に広がる痛みを感じながら、やっぱり麻緒衣はお姉さんなんだなと僕は改めて思った。
「焦って飲むからだよぉ」
「こんなに熱いとは思わなくて」
「ふーふーしてあげよっか?」
「子供扱いするなって」
「佐菜ちゃん、照れてる。可愛い〜」
「よせよ」
「うふふふ。気をつけて飲んでね。あつっ!」
「麻緒衣、大丈夫?」
「わたひもやけろしちゃっら〜。くすん」
人に気をつけろって言っといて、自分もやけどかよ〜。前言は撤回だな。
それから、僕達は会えなかった5年間のそれぞれの話で盛り上がった。
結局、最後まで菜々香のことは聞けずじまいだった・・・・・・。
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