その4

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その4

一人帰り二人帰り、打ち上げも徐々に終わろうとしていた。 早々に帰っちゃう人、会計が終わってもずっと粘ってしゃべってる人、過ごし方も色々だ。 板の間に転がって寝ているパンクスもいる。ホッとすると眠くなるよね、分かるな。 「うわ、どうしよ。」 「何だよ。」 「終電、終わっちゃった。」 「マジかよ。」 こんなに時間が経っていたとは思わなかった。 「どこ住んでんだよ。」 「ガーリーさんとこ。居候させてもらってる。」 「ああ、確か前もそんなやつ、いたな。」 「あの人、優しいよね。」 「どうすんだよ。歩いて帰れる距離じゃねえだろ。」 「うーん、分かんない。」 朝までここに居られたらいいけど…もう、みんな帰るみたいだし。 あーあ、だから早く高円寺に引っ越してきたかったんだ。 「金あんのか?」 「あんまりない。」 「俺はもっとねえ。よし。」 そう言って彼は立ち上がり、革ジャンの襟を立てた。 「高円寺名物、やるか。」 「それ何?」 ギターケースを担ぎながら、彼がニヤッと笑った。 「路上飲みだよ。」 ギヤの裏手にコンビニがある。 そこでお酒を買って、隣の駐車場に座り込んで飲む。飲みながら話す。これが路上飲み。 午前2時過ぎ。通行人は少ないけど、やっぱりジロジロと妙な目で見られる。 最初は恥ずかしかった。こんなの田舎じゃあり得ない。 でも、よく考えたら座り込んでいようがいまいがパンクはパンク。世間からジロジロ見られるのがパンクス。マイノリティー上等! そう思えたら急に恥ずかしさが消えて、何だか楽しくなった。 季節はだんだん暖かくなっている。外にいても寒いと感じることはない。 夜の駐車場に彼と2人。他のみんなは帰っちゃったのかな。ミッチはどうしたんだろ。 彼はへべれけに酔っ払っていたけど、それでもちゃんと会話は成立している。こっちの話を一生懸命聞いてくれているのがよく分かった。 「ねえ、それって何?」 「それ。それって何だ?」 「それよ、それ。」 手を伸ばして、彼が頭に巻いているヒモを引っ張ってみた。 「前から思ってたんだけど、そのヒモ、何ていうの?クラスト(パンクのジャンルの一種)の人が巻いてるよね。何でつけてるの?」 「これは…ヒモだよ。」 「ヒモは分かってるよ!何か名前があるんでしょ?」 「知らねえ。ヒモだろ。」 「何それ。ホントに『ヒモ』以外の呼び方ないの?」 「知らねえよ。みんなヒモって言ってるよ。」 「えー。ヒモって何だかなー。」 「さっきから何回ヒモヒモ言ってんだよ。」 まるで漫才だ。 「じゃあ何のために巻いてるのよ。」 「俺はパンク博士じゃねえよ、知るか。格好いいからだろ?いちいちうるせえな。」 「意味合いも知らないの?ファッションパンク(中身がない、形だけのパンクス。嘲りの言葉)じゃん。」 ああ、言っちゃった。ヤバいかな。 「ファッションだけで中身がねえだと~パンク気取りのガキがほざきやがる~。」 「思想精神はノーサンキュー、自前で足りてるぜ!でしょ?」 「見てくれ良けりゃ後は自分、勝手にやるぜ~。」 「やっぱり!札幌のノッカーズだよね、好きなの?」 「何回か対バン(共演)したよ。」 「そうなんだ!いいな~、アタシまだライヴ観てない!観たい!」 つい声が大きくなっちゃう。でも好きなバンドの曲を一緒に口ずさめる相手がいるなんて、最高! 喧嘩みたいな会話になっても、お互いのリズムが合ってポンポンと心地よく話せる。 彼とちゃんと話せない人って、たぶん彼のリズムが分からないんだろうな。だからイライラさせちゃうのかも。 ああ、今夜だけで一生分のパンク話をした気分。 でも、まだまだ話したいことがいっぱい!まだまだ! 「お前さ。何でこんなとこ、いるんだよ。」 来た。この質問、誰かにされたかった。 もちろん「なぜ路上で飲んでるか」という話じゃない。 なぜライヴハウスに来てるのか、だよね。 「アタシ、バンドやりたい。」 「そうか。」 言えた。高円寺に来て、初めて言えた。 「お前、何か楽器できんの。」 「アタシ歌いたいんだ。歌にはちょっと自信ある。」 「そうか。」 彼は遠くを見ながら、缶ビールをまたあおった。 「ねえ。アタシがバンド始めたらアンタ、ギター弾いてくれる?」 「女とは組まねえ。」 「それ、どういう意味よ?」 思わず声がとげとげしくなった。 「だから、女とはバンドやらねえ。」 「なに、馬鹿にしてんの?女じゃダメなの?」 「別にそうじゃねえよ。」 彼は困った顔をしていた。 「女だって、いいヴォーカルはたくさんいるよ。ガーリーさんとかカツラさんとか…俺は『女とは組まない』って言ってんだ。『女はダメだ』とは言ってない。主義の問題だ。それだけだ。」 「ふうん。なーんか腑に落ちないけど。」 「分かんねえやつだな。」 「アンタだって。女だって男だって格好良ければ文句ないでしょ?人の歌を聴いてもいないくせに。」 「そういう問題じゃねえ。俺は男だけでバンドやりてえんだ。女はお門違いだ。」 自分でもちょっと理屈が変になってるのは分かってる。でも売り言葉に買い言葉、引っ込みがつかない。 「なーんかムカつくなその言い方。」 「じゃあ、お前がムカつかねえギタリストを見つけろよ。俺はご免だね。」 「ご免って言い方はないじゃない!」 「いいですか、ちょっとすいません。」 突然割り込んできた声にギョッとした。 彼は敵意むき出し、かつウンザリした顔をした。 青い制服に懐中電灯。丁寧だけど高圧的な口調。 オマワリだ。 「ここ、私有地なんですよ。大きな声で、何かトラブルですか?」 「関係ねえよ。」 彼が答える。 「何をされてたんですか?」 「高円寺名物だよ。」 「ちょっと、止めなよ。」 彼を制する声も思わず小さくなっちゃう。 正直ちょっとビビってる。何たって未成年だし、家出人だし。 彼がオマワリの前に立ちはだかった。まるで守ってくれるみたいに。 「別に悪いことしてねえだろ?休憩して話してて、ちょっと声が大きくなっただけだよ。」 「私有地なんですよ、ここ。ご存知でしたか?」 「知らねえけど、足が痛えから仕方なく休んでたんだよ。治ったからもう行くよ。」 「身分証、持ってますか?」 言われたくなかった言葉。緊張で身がキュッとなる。 「令状か何かあんの?」 「身分証、持ってますか?」 「いま持ってねえ。身体検査でもするのか?断固、拒否するけどな。」 彼は平然としていた。前にも同じような状況があったんだろうか。 オマワリがこっちの方を見た。何か言う前に、彼が割って入った。 「その子も持ってねえよ。」 「本当に?持ってないですか?」 胃のあたりがグリッとなって変な声が出そう。手を力いっぱい握りしめて、精いっぱい平静を装った。 「ないよ。」 声で未成年とバレませんように。 彼に迷惑がかかるから。 お願い。 オマワリは、じっとこっちを見ていた。 そして彼に向き直ってこう言った。 「分かりました、とりあえず行っていいですよ。次、見かけたらもう少し調べますからね。」 「はいはい、分かった分かった。」 「気をつけて帰って下さいね。」 「はいはい、どうも。」 オマワリは最後にキツい視線を投げかけると、ぶらぶらとその場を立ち去った。
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