0人が本棚に入れています
本棚に追加
あの頃の父親はとっても大きい存在に思えた。
ぼくは全然小さくて、真上を向かないと父親の顔さえ見えないぐらいだ。
すごく、おおきいな。
憧れの眼差しで見ていた。
何か視線を感じたのか、こちらに向いた父親は、ぼくの目線に合わせて屈んだかと思うと、ふっと笑って、
「どうしたんだ?見上げて」
「あ、ううん。なんでもな──」
と言いかけた時、こう思った。
おとうさんが見ている景色ってどんな景色なんだろう。
急に黙ってしまったぼくのことを首を傾げている父親に訊ねてみた。
「ねえ、おとうさん。おとうさんはいつも何を見ているの?」
「えっ?ええっと…………?」
ぼくの言ったことがすぐには分からなかったらしく、少しの間、何も言わなくなってしまった。と、思っていたら、「そういうことか」と一人何か納得したようで、
「肩車をしてもらいたいのか?」
「かたぐるま?」
「これのこと」
と言いながら、ぼくの両脇に手を差し込んで高く持ち上げた。地に足がつかない感覚が少し怖く感じたけれど、そう思っていた間に父親の肩に乗せられた。
「ほら、これが肩車だ」
自分の頭にぼくの手を置かせて、ぼくの両足を掴んだ父親が言った。
見たことのない景色だった。
下を向くと、さっきまであんなにも近かった地面が遠く感じられ、上を向くと、青い空がぼくの頭上に広がっていて、手を伸ばしたら届きそうだった。
「すごいっ!すごいよ!!あともう少しで空にさわれそう!」
「あははっそうかそうか」
ぼくはしばらく空に向かって手を伸ばして、時には振ってみたりもしたが、いつまでやっても届きそうにはなかった。
それでも、肩車をしてもらうことが面白いことを知ってしまったぼくは、よくせがむようになった。
父親は「またか~好きだな~」と呆れたような声を出しつつも、肩車をしてくれた。
やっぱり、面白い。
ぼくからの目線だと、いろんな人の足しか見えなかったのに、父親の目線だと大勢の頭と、皆が見ているものが見える。
ぼくと同じように肩車をしてもらっている子もいて、その子と目が合った時、あっちが思いきり手を振ってくれた。
ぼくも同じように振ってると、さっきよりも大きく振ってきたから、ぼくも同じように大きく振っていたら、「こらっ危ないじゃないか」と怒られてしまった。
そうして、いつの日か、自然と肩車をしてもらうことが無くなっていき、それと同時にぼくの背が伸びていることに気づいた。
父親の腰を抜き、肩を抜き、そして、父親の背を抜いた頃。
「パパ~!かたぐるまして~!」
「また~?全くしょうがないなぁ。ほらっよっ」
「きゃあ~~たかい!たかーい!」
自分の娘も肩車をよくせがんでくる。あの頃の自分とそっくりだ。
そうしてこうも言うのだ。
「パパ~!そらにさわれそう!」
最初のコメントを投稿しよう!