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2 grain candy
それから新宿にある輸入雑貨の店に連れて行かれた。
そういえば新宿なんて来たのは初めてだ。
もう夜だけあって――。
いやいや、イメージのせいか、路上を歩いている人たちがなんだか全員悪人に見えた。
店の中にはあまり見たことがない小物やインテリアが並んでいて、奥の棚にはCDとアナログレコードが置かれている。
この店は彼女――黒崎結花が経営しているものだと言う。
見たところあたしとそう年齢も変わらなそうなのに、自分の店を持っているなんて、この女はどこかの令嬢なのだろうか。
でも、お嬢様がこんなアウトローな雰囲気なわけないしな。
さっき人を殺してたし……。
いやでもあの三人の男は死んだわけじゃないかも……。
「おいルナ、あたしのことは結花でいいから」
彼女はそう言いながら店にあったコートハンガーから服を選んでいる。
これから出かけるつもりなのだろうか。
あたしがソワソワしていると、結花は近づいてくる。
そして、持っていた服に着替えるように言った。
「どうした? 早く着替えなよ。はい3、2、1――」
慌ててその場で着替え始めるあたしに、結花は靴のサイズを訊いてくる。
渡された服は、かなり凝ったデザインのレザージャケット。
襟元に折り返しのない、シンプルなシングルタイプだった。
インナーには黒いパーカーとボロボロのTシャツ(Motörheadと書いてある角の生えた骸骨? がプリントがされている)。
下には黒のスキニーデニム。
そして目の前に置かれた靴は編み上げブーツだった。
「サイズピッタリじゃん。あたしのお古だけど、やるよそれ。よし、最後は化粧だな。じっとしてろよ」
ブラックのアイライナーで目頭から目尻にかけて線を引き、そのまま下まぶたに移行。
それから結花は、下の目頭まで一気に引いていく。
それから真っ赤なリップを唇に塗り、ファンデーションやチークはいらないなと彼女は言った。
店にあった見慣れない装飾がされた鏡を見て、あたしは自分じゃなくなった感じがした。
まるで別人だ。
自分がワイルドな吸血鬼にでもなった気分だった。
結花とはまったくちがう感じだけど、どこか雰囲気が似ている気がしたので、そのことを訊いてみた。
なんでも結花は、小学生の頃からこういうファッションを着ていたらしいけど、『NANA』という漫画や『ドラゴンタトゥーの女』という映画のキャラクターを意識していると思われるのが嫌で最近イメチェンをしたばかりだと説明してくれた。
「ふざけんなって感じだよ。あたしのほうが先っだっつ~の」
ブツブツと文句を言いながら、大きなバックにCDとレコードを詰め、キャリーカートを出していた。
それとギターケースかな? やたらと荷物が多い。
あたしは恐る恐るさっきの三人の男のことを訊いた。
どうしてあんなことをしたのかを――。
結花は、三人の男はあたしの――つまり結花のものを奪ったからだと答えた。
どういうことなのか詳しくは教えてくれなかったけど。
きっと危ない話なのだと思い、これ以上訊くのは止めておく。
あんなことがあったのに――。
人が血を流して倒れていたというのに、あたしはずいぶんと落ち着いていた。
いや、そんなことよりも、結花に訊きたいことがあった。
「ねえ……どうしてあたしを……」
「よし、じゃあ行くぞ」
あたしのか細い声は遮られた。
諦めたあたしがどこへ行くのかと訊くと、結花は呆れた顔をした。
ここまでついて来て、今さらながら怖くなった。
もしかしたら、あたしをブローカーにでも売るのかもと思うと震えが止まらない。
今さらだけど、結花は見るからに裏社会の人っぽいし……。
そう思うと、あたしの体は震えてしまっていた。
「クラブだよ、クラブ。六本木のナイトクラブだ」
結花はそのために着替えさせたと言うと、今夜はDJでの出演が決まっていることを続けた。
……六本木のクラブ。
不良外国人がいっぱいいて危ないイメージしかない。
不安になってまごまごしていると、彼女はまたあたしの手を引いた。
結花の白い手は指先が固く、何かスポーツでもやっているのかと思った。
それともDJって指先が固くなるのかな?
キャリーカートを引きずってギターケースをあたしに持たせた結花は、店の外に出てからタクシーを捕まえた。
そして二人でタクシーに乗り込み、結花が運転手に目的地を告げる。
「六本木のパブリック·イメージ·デッドまで行って」
あたしは何が何だか分からなかったけど。
彼女と会ってから、ずっと胸がドキドキしているのを、今また改めて感じていた。
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