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28 grain candy
ラヴホテルから脱出したあたしたちは、数馬さんが乗って来ていた軽トラックに乗り込んで移動していた。
身体はまだ痛むけど、数馬さんが見るに大したことはないらしい。
そのことにはホッとしたけど、それよりも大きな問題が――。
あたしの目に入るものは、すべての色が失われていた。
それこそ白黒の映画のようになっていた。
あたしは結花の言ったことを思い出していた。
「当然リスクもある。おとぎ話もそうだろう? ルールを守らないと馬車もカボチャに変わっちまう」
サイコキャンディに中毒性はないけど、継続して摂取しないと脳が縮んでいってしまうと言っていた。
その脳へのダメージは、摂取量が多ければ多いほど取り返しがつかなくなり、ちゃんとコントロールするのはほぼ無理と言っていい品物だとも……。
じゃあ今のあたしは、脳みそが縮んでしまっている状態なのか?
たかが、四粒程度を摂取しただけだというに。
あたしは、結花の言う通りカボチャに変わってしまったのか。
ガラスの靴を履くには、もう一度サイコキャンディを摂取するしかないけど。
だけど、次は色を失うだけで済むのか……。
もっと恐ろしいことになるんじゃないか……。
あの紫のツナギを着た男も、きっとサイコキャンディの副作用であんなになっているんだと、今さらながら思った。
あたしもあいつのように、「フガフガ」としかものが言えなくなるなんて嫌だよ。
それよりもこの白黒の世界に色は戻るの……?
「この辺りじゃ、結花の店に行っちまったほうが近いか」
俯いて不安そうにしているあたしに、数馬さんが明るく声をかけてきた。
「あいつの店に売っているわけじゃねえけど、一応包帯と消毒液とかもあったはずだ。それで治療して少し休もうぜ」
それを聞いたあたしは、結花の店にはセキュリティ会社が入っていて、セキュリティカードで警備解除をしないと中に入っても捕まってしまうと伝えた。
だけど、数馬さんは心配いらないと言う。
何故なら、その警備会社は数馬さんの友人らしく、結花の店にはいつでも入れるようにセキュリティーカードを渡されているのだと微笑んだ。
「結花の奴もよ、そういうとこは爪が甘いんだよ。まあ、俺やモモ叔父さんの部下がそこら辺を気を付けているから、あいつに辿り着ける奴なんていねえがな」
妹のダメ出しでも言うような感じで、数馬さんは冗談っぽく言った。
そんな数馬さんを見ると、別に面白いことなんて言っていないのに、つい笑顔になってしまう。
この人には、そんな力でもあるのかと思わせる。
あたしは運転席のほうを見た。
ハンドルを握っている数馬さん手から血が流れている。
さっきモンキースパナからあたしを庇ったときについた傷だ。
白黒に見えるのに血だけが赤く見える。
それが、あたしの罪悪感をさらに押し上げた。
この人は、結花に拳銃で撃たれ、あたしのせいでケガをしたというのに、どうしてこんなに優しいんだろう。
全然……分からないよ……。
軽トラックをパーキングエリアの停めて、店に到着した。
数馬さんが店を開けようと、鍵穴に鍵を突っ込むと――。
「……ルナ、静かにしろよ。誰か中にいる」
小声で言う数馬さん。
あたしは言われた通りにした。
それから数馬さんは、中に入ると言い出した。
もしかしたら結花が帰ってきているかもしれないと。
この人は怖くないのだろうか。
また銃で撃たれるかもしれないというのに。
「あたしも……行く」
「お前はここに居ろよ。それで三分経って合図出すから、それが聞こえなかったら一人で逃げろ」
あたしはその優しさを拒否した。
もう足手まといにはならないつもりだ。
あたしだって、数馬さんの弾除けくらいにはなれる……はずだ。
そう言うと、数馬さんは呆れた顔をして、あたしの同行を許可してくれた。
こんなとこで言い合っている場合ではないからというのもあったのだろうけど。
一緒に中に入ることを許してくれたことが、少しだけ嬉しかった。
そして、あたしたちが中に入ると、そこには全身黒ずくめの人間がいた。
とても小柄で細い、後ろ姿だけでは男か女か判断できないスタイルの人物だった。
「おい、お前は誰だ? 結花の店で何をしている?」
数馬さんの言葉に、その人物はゆっくりと振り向く。
「あ、怪しい者じゃないよ。俺は結花の知り合いでここへは頼まれてきたんだ」
少し慌てた声で説明したその人物は、伸びた長い前髪で顔が隠れている男だった。
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