10 grain candy

1/1
前へ
/40ページ
次へ

10 grain candy

結花(ゆか)(やつ)はいないのか?」 あたしはそれに(うなづ)くと、その場を立ち去ろうとした。 ふらつきながらゆっくりと。 サイコキャンディのことを知られるのはマズいと思ったからだ。 だけど、数馬(かずま)さんは明らかに消耗(しょうもう)しているあたしを気にかけてくれて、家まで(おく)ってやると言ってくれた。 でも、あたしはそんな気遣いを(ことわ)った。 もしかしてだけど、この人がサイコキャンディを(ねら)っていないとも(かぎ)らないからだ。 「信用ねえな、まあ無理もないか。じゃあ気を付けて帰れよ」 そう言うと、数馬さんはスタスタと行ってしまった。 ふぅ、と一呼吸(ひとこきゅう)して安心したあたしは、結花がどこに行ったのかを考える。 ……けれど、頭は睡眠不足(すいみんぶそく)疲労(ひろう)でまともに動いてはくれなかった。 あたしは、トートバッグに入れていた四角いプレーン缶の小箱を見た。 ……これをまた()めれば、結花の居場所を探す作戦が思いつくかもしれない。 だって、ちょっと本を読んだくらいでネット晒された動画を消せるようになったんだもん。 結花を探すことくらい簡単に……。 でも……ダメ、ダメだよ。 これはきっと(あぶ)ない薬で、使い続けると副作用とかで廃人(はいじん)なっちゃったり、中毒症状(ちゅうどくしょうじょう)が出るかもしれない。 だけど、一体この後どうすればいいの……。 一度は立ち上がったけど、(ふたた)輸入雑貨(ゆにゅうざっか)店の前でうなだれてるあたし。 「おい女。お前、黒崎結花の知り合いか?」 あたしはぼんやりとその声がした方向を見ると、そこにはスーツ姿の男たちが――。 人数を数えるのもままならないので、正確(せいかく)には分からないけど、集団といっていいほどの男たちがそこにいた。 あたしはブルブルと(ふる)えが止まらなくなる。 丸坊主にされ、プラカードを持たされて、車に引きずり込まれたときの記憶(きおく)がよみがえってくる。 あたしがしどろもどろになっていると、先頭にいた無表情の男が何か話し始めた。 「こいつもヤク中か、まあいい。おい、この女を鳥居(とりい)社長のとこへ連れて行くぞ」 無表情の男の指示を受けて、(まわ)りにいた男たちがあたしを(かこ)み始めた。 卑猥(ひわい)な笑みを()かべてジリジリと近寄(ちかよ)って来るスーツ姿の男たち。 あたしはさらに身を強張(こわば)らせ、持っていたトートバッグを抱きしめる。 その態度(たいど)に何か違和感(いわかん)を感じたのか、無表情の男があたしのトートバッグを(うば)って中身を確認(かくにん)するように言った。 この男、能面(のうめん)のような顔のくせに(かん)が良い。 これはまずいことになった。 結花に返さなきゃいけないのに、こんないかにも(こわ)そうな連中の手に(わた)ったらどうなってしまうか分からない。 このままじゃサイコキャンディが(うば)われちゃう。 あたしが我が子を抱くようにトートバッグを持って、身を(ちぢ)めていると――。 「おいおい、女一人に何やってんだよ」 精悍(せいかん)な顔のくせ毛――数馬さんがそこにいた。 ……さっき帰ったんじゃ……。 数馬さんはあたしを守るように前に立って、無表情の男に声をかける。 「福富(ふくとみ)、お前こんなことする(やつ)だったっけ? 俺はお前のことは買ってたんだけどな。それともこれは(じん)の指示かよ」 「数馬さん、どいてください」 「(いや)だって言ったらどうするんだよ?」 数馬さんと福富と呼ばれた男が(にら)み合う。 あたしは(そば)で震えていることしかできなかった。 あたしを囲っていたスーツ姿の男たちも冷や(あせ)をかぎながら、その様子を見守っている。 しばらくして福富が、数馬さんに()を向けて、スーツ姿の男たちに「出直すぞ」と言った。 「数馬さん、とりあえず今日のところはあなたの顔を立てておきます。だが鳥居社長には報告(ほうこく)させてもらいますよ」 「変わったよな、福富。そんなゾロゾロ人引き連れてよ。あとお前さ、ネクタイするならしっかり()めてスーツくらいビシッと着ろよ。そのせいか知らねえけどお前、目が死んでんぞ」 その後、福富たちは何も言わずにその場を()っていった。 あたしは安心してせいか、その場でへたり込んでしまう。 「おいおい、大丈夫か?」 ……数馬さんの(やさ)しい声が聞こえる……けど……。 サイコキャンディを結花に……(わた)さなきゃ……。 そこからあたしは気を(うし)ってしまった。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加