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11 grain candy
目が覚めると、どこかの室内のソファで寝そべっていた。
体には、誰かがかけてくれたタオルケットをかけられてる。
周りを見渡すとテーブルに椅子、カウンターにダーツマシンが見えた。
あたしは、かけられたタオルケットを振り払って体を起こす。
うまく働かない頭で、ここはバーか何かかと思っていると声をかけられた。
「よう、起きたかよ、短髪の姉ちゃん」
そこには数馬さんがいた。
あの後……助けてくれたのか……?
いや、そんなことよりもッ!
あたしは慌てて、自分の持っていたトートバッグを探したけど、自分の側にはなかった。
……う、うそ……?
まさか取られちゃったの?
あれだけ結花に返そうと頑張ったのに、自分がとてつもなく情けなくなる。
「ひょっとして探してんのはこれか?」
数馬さんがあたしのトートバッグを掲げて見せてくれた。
無礼だとは分かっていても、あたしはそれを強引に奪う。
そんな態度に驚いている数馬さんだったけど、気にせずにカウンターへ行き、コップに入った水を持ってきてくれた。
「大丈夫だよ、中は覗いてねえから。まったく、そんなに大事なもんが入ってんのかよ。ほら、まずは水分補給だ」
呆れた顔をして言う数馬さん。
今さらだけど、とても悪いことをしてしまったと後悔した。
結花が言うには、数馬さんは鎌倉の田舎ヤクザって話だけど……。
さっきも変な連中から助けてくれたし、こんな優しいヤクザっているのかな。
いや、きっとこの人が特別なんだ。
なんとなくだけど、そう思う。
あたしは互いに黙っている空気に耐えられず、数馬さんに色々と訊いた。
本当にヤクザなのかということと、あの福富という無表情の男とは知り合いなのかということを。
数馬さんのフルネームは白井数馬。
数馬さんはまず、自分が白井組という暴力団の組長の息子であると答えた。
昔は都内で大きな勢力を誇っていた組だったらしいのだけれど、今は都を落ち。
現在は数馬さんと父親である組長を入れた五人の小さい組となり、鎌倉で近所の人を相手に出店や土建屋などをして生活していると言う。
だけど、数馬さんはそんな生活に馴染めず、よく都内に来ては結花の店に顔を出しているそうだ。
それから無表情の男――福富の話へ。
数馬さんが言うには、福富たちは埼玉に本社を構える不動産会社のサラリーマンなんだそうだ。
過去にその不動産会社とは深い関りがあったらしく、福富とはそれなりに古い付き合いらしい。
「あいつ、昔から暗い奴だったけど、もう完全に目が死んでいたな。きっと仕事がうまくいってねえんだろう」
あたしから見ると、数馬さんは福富のことを気にかけているように見えた。
いや、この人はかなりのお節介な人なのだろう。
それなのに結花にも福富にもウザがられていて――可哀想だけれど、少し笑えてしまう。
だって数馬さんはそのことを、まったく苦に感じていないようだったからだ。
あたしは今さらながら自分の名を名乗り、助けてくれたことのお礼を言った。
「礼なんていらねえよ。俺が好きでやったんだ。それより月城ルナって言うのか。めずらしい名前だな。外国人のハーフみたい名だ」
たしかにふざけた名前だ。
あたしの両親は、ヴィジュアル系バンド好きが縁で結婚したらしく(もう離婚しているけど)、そのせいでこんな名前になったのだけれど、人にはあまり言いたくない。
「なあルナ、腹減ってねえか? チャーハンくらいなら作ってやるぞ」
ニッコリと微笑んで言う数馬さんは、それから店のカウンター内に入って行き、エプロンをつけて料理を作り始めた。
包丁で野菜を切る音がサクサクと聞こえ、次にトントントンとリズミカルに音が鳴る。
……お母さんはいつもお金を渡すか、冷凍食品とお惣菜ばかりだったから、なんかこういうのっていいな。
あたしは数馬さんの使う包丁とまな板から響く音を聞いて、つい顔がほころんでしまっていた。
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