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12 grain candy
あたしが数馬さんが作ってくれたチャーハンを食べていると、店に人が入ってきた。
髭面に白シャツ、その上に位黒いベストを重ねて着ている、太ったおじさんだ。
白いシャツと首の隙間からは、うっすらと刺青が見える。
見るからに強面を強調した態度で、それはあたしに不快感を感じさせた。
数馬さんがその太ったおじさんに手を振って、「急に悪いな」と声をかけていた。
どうやらこのバーみたいな店のマスターのようだ。
「何か分かったか?」
数馬さんが訊くと太っているマスターは、持っていたハンカチを持って汗を拭き始めた。
あたしは、もうだいぶ寒い季節になってきているというのに、汗だくのマスターを見て不思議な気持ちになった。
太ったマスターは、汗を拭き終わると、カウンター内にある冷蔵庫から缶ビールを出して飲み始め、次にアーモンドやナッツの入ったビンを抱える。
それからアーモンドやナッツ口の中に放り込んでガツガツと食べていく。
失礼だけど、その姿はエサにガッつく家畜のようで、見ていて気持ち悪い。
先ほど感じた不快感がさらにパワーアップしていく。
そのせいで、せっかく数馬さんが作ってくれたチャーハンの味が、四割増しで美味しくなくなってしまった。
「それよりも、その娘は誰ですか?」
太ったマスターが食べかすを口の周りにつけた状態で、あたしのほうをチラッと見て言った。
……悪いけど、気持ち悪いとしか思えない。
やっぱ男は嫌いだと改めて思った。
数馬さんが、あたしを太ったマスターから隠すように前に出る。
「結花の友達だよ」
「そんなこと言って、俺がいない間に楽しんでいたんじゃないんですか? いいなぁ、数馬さんはモテるから。俺にはこんな娘、相手すらしてくれねえもん」
その言葉に数馬さんは苦笑いをして、太ったマスターが思っていることを誤解だと否定した。
太ったマスターは首を傾げながら、ビンの中に手を突っ込んでアーモンドやナッツをガッつき、そのままの汚い手でビールを飲む。
そしてゲップをして、おまけにオナラまでした。
別に生理現象だからしょうがないんだけど、ここまで下品に上の口と下の口からガスを出す人間を、あたしは初めて見た。
何度も思うが、本当に気持ち悪い……。
この男の突き出たお腹は、きっとこのだらしない態度を栄養に育ったとしか考えられない。
「えっ? じゃあヤッてねえのかまさか?」
「相変わらず下品な奴だな。俺も嫌いじゃねえけどさ。せめてそういう話は女がいないとこで話せよ」
「マジでか~。ヤッてねえんだ。でも数馬さん。若い娘を摘まんでおくと人生観が広がりますよ」
太ったマスターがそう言ったとき――。
数馬さんは無言でマスターの前に立っていた。
マスターが何を言っても返事をせず、ずっと黙ったまま睨みつけている。
「もうその話はやめようぜ」
しばらくして数馬さんが微笑みながらそう言うと、狼狽える太ったマスター。
そして、その後は二度と下品なことを言わなくなった。
数馬さんがあたしの不快感を察してくれたのかはわからないけど。
やっぱりこの人はちょっと他の男とは違うな。
それから太ったマスターは話を始めた。
どうやらマスターは結花のよく行く店の店長と知り合いらしく、数馬さんに調べるように頼まれていたようだ。
あれだけビンに詰まっていたアーモンドとナッツをすべて平らげ、次に冷凍庫から板チョコアイスを大量に出して食べ始めた。
「塩辛いものを食べると、甘いものも食べたくなるよな」
ニヤニヤと独り言を言いながら、凍っているチョコアイスをバリバリ噛み砕いている。
この人は辛党とか甘党とか関係なく、単に味が濃いものが好きなんだろうとツッコミたくなったけど。
声をかけるのも嫌なので、何も言わないでおいた。
そして板チョコアイスが食べ終わると、太ったマスターが数馬さんに小さなメモを渡した。
今どきこんな方法で情報を教えるなんて、ずいぶんとアナログだなと思った。
……いや、だから逆にいいのかな。
「ここへ行けば結花がいるんだな?」
数馬さんが訊くと、太ったマスターは棚からカップラーメンを出して頷いた。
……まだ食う気かよ。
こりゃ長生きできないね、この人。
あたしがそう思って言っていると、数馬さんが声をかけてくる。
「よし、それ食ったら行こうぜ、ルナ」
まさか連れて行ってもらえるとは思っていなかったので、慌ててしまうあたし。
それから急いでチャーハンを食べ、数馬さんと一緒に太ったマスターの店を出た。
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