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13 grain candy
太ったマスターに渡されたメモにあった住所は、少し離れていたところだったので、あたしたちはタクシーで移動した。
結花もそうだったけど、大人って基本的に移動はタクシーなのかな? なんて思った。
もちろんお代は数馬さん持ちだ。
あたしは黙ったまま窓から外を眺めていた。
始発に近い時間に結花の店へ向かったというのに、もうすでに陽が沈みかけている。
どれだけ眠っていたんだよ、あたしは……。
やはりサイコキャンディの反動なのか、体力がかなり消耗していたのかなと思った。
移動中にタクシーの運転手が何か色々と世間話をしてきたけど、数馬さんが愛想なく返すと言葉を止めてしまった。
そんな気まずい空気だったけど、何故あたしと一緒に結花のところへ行くのかが気になっていたので、訊いてみる。
「そんなの、あんな一生懸命なお前を見たら、連れて行かねえわけにはいかないだろ」
数馬さんはあたしのほうは見ずに、窓の外を見て答えた。
“行かない”わけには“いかない”と聞いて、韻を踏むラッパーかと思ってしまったが、この人は足手まといにしかならなそうなあたしのことを、そんな風に言ってくれるのは、正直嬉しい。
だけど、一生懸命……?
このあたしがか?
そんな風に見えたのか?
あたしはひたむきなんてタイプでは絶対にない。
それは学校でイジメられ始めてからか、その前だったか忘れてしまったけど、ともかく汗だくになってガムシャラなって何かを頑張る人間ではない。
他のイジメられっ子がそうなのかは分からないけど。
例えば道を歩いていて、突然空から隕石が降ってきて死んだとしても、「人生なんてこんなものか」としか思わない気がする。
あんなことをしたかった、こんなことをしたかったとか、そういう悔しさとか無念みたいな感情は出てこない。
自分でも、あたしは何のために生きているのかよく分からない。
世間でいえば、女子高生という華やかな時期のはずなんだけど、あたしには楽しいことがまったくない。
人生がある程度うまくいって、それがスポーツであれ、勉強であれ、趣味であれなんであっても、やることが定まっている人には絶対にこんな気持ちは分からないだろう。
だけど、『何のために生きているのか分からない』なんてモラトリアムな考えは、若者の……特にあたしのような暇人の学生には、当たり前すぎるテーマなのかもしれない。
だけど……何をどう言おうがそうだけど……。
数馬さんがそう思ってくれたのだとすれば、それは結花の影響だ。
あの人……ロックスターDJは、あたしのそんな人間性を変えたんだ。
我ながら“だけど”が多いなと自嘲していると、タクシーが止まる。
どうやら目的の場所に到着したようだった。
目の前には大きなラヴホテルが見える。
ずいぶんとアジアンテイストな外観だった。
「よし、行くぞルナ」
先にラヴホテルに入って行く数馬さん。
もしかしたら数馬さんがあたしを騙していて、中に入った途端に襲われてしまうかもしれないと思ったけど、この人ならいいか、なんて考えてしまう。
あたしの処女を男なんかにくれてやりたくもないが、もし誰かに――男性へあげるのなら数馬さんみたいな人がいいと思った。
あっ……でも、あたしもう処女じゃないや……。
汚れた体になっちゃったんだった……。
そんな落ち込むあたしを気にせず、数馬さんは受付を素通りして、奥へと入って行く。
あたしはそれに続いた。
ラヴホテルというから、もっと如何わしい雰囲気を想像していたけど、ホテル内はかなり豪華な造りになっていた。
生まれて初めてこういうところへ来たけど、ラヴホテルってこんな感じなのかな?
もしあたしがまともな女子高生で、彼氏にこんな場所に連れて来てもらったら大はしゃぎしてしまいそうだ。
「メモによると、この部屋か」
数馬さんが部屋のドアの前で呟いた。
他の部屋と違って、扉の大きな部屋――。
どうも複数で泊まれるパーティールームというやつらしい。
あたしは、ラヴホテルに大人数で入るなんてのは、恋人同士のピュアな感じではなく、より欲望にフォーカスした卑猥なイメージが出てきてしまう。
だけど数馬さんがいうに、利用客の多くは好きなアーティストのライブ後のオフ会や、仲の良い友達同士との誕生日会や女子会などに使われていることのほうが多いのだそうだ。
それを聞くとラヴホテルというのは、事情があって家で集まれない人たちが利用するところなのだと思った。
なんにしてもあたしには一生縁がなさそうだ。
というかパーティーは苦手だ。
大人数は嫌いだ。
ナイトクラブは良かったけど、基本的にみんなでワイワイガチャガチャというやつには嫌悪感を覚えてしまう。
それはたぶんあたしが、学校という集団生活を失敗している人間だからだよね……。
また一人内心で落ち込むあたし。
悪いくせなのはわかっているのだけれど、無意識にそうなるため、やめれないよ……。
そして扉に手をかける数馬さん。
ドアの鍵は掛かっていなかった。
不用心だな、と思って中に入ると――。
二十畳以上はありそうな広い部屋に、二つのベットと大きなソファベット、さらに奥には露天風呂かな?
パーティールームは、あたしの想像をはるか超えた部屋だった。
さらにそこには、半裸姿の男女たちがベットや床のカーペットの上でうなだれていた。
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